りぼんの読書ノート

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黒と茶の幻想(恩田陸)

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姉妹作である『麦の海に沈む果実』が「記憶をめぐる物語」であり、『三月は深き紅の淵を』が「物語をめぐる物語」であったとすると、本書は「謎をめぐる物語」です。『三月は~』の第1章「「待っている人々」に登場する幻の小説の第1章が「黒と茶の幻想」という題名でしたが、安楽椅子探偵たちが登場するこの章のテーマは、やはり「謎」でした。

学生時代の同窓生である4人の男女が、俗世と隔絶された太古の森をいだく島へと向かいます。30代後半となった彼らの心を占めるのは、一人芝居を演じた夜を境に姿を消した「梶原憂理」をめぐる謎。(『麦の海に~』で理瀬と同室だった少女ですね。)4章からなる物語が順に、利枝子、彰彦、蒔生、節子の視点から語られていきます。

恋人だった蒔生に憂理の存在を理由に別れを告げられた利江子も、あの夜蒔生が憂理を殴っていた場面を見てしまっていた節子も、蒔生の一番の友人である彰彦も、「蒔生こそが謎めいた存在であり、蒔生が憂理を殺害したのでは?」と内心疑っていたのですが・・。

「美しい謎」をテーマに語り合う4人。高校時代の表札泥棒や、隣のテーブルの無口な女性たちとか、たあいのない謎の間にも、彼らの過去に踏み込む謎が潜みます。彰彦はなぜ、紫陽花が怖いのか。節子はなぜ、高所恐怖症なのか。

「解けない謎」はありませんでした。「語れない解」があっただけのこと。蒔生に対する利江子の感情、蒔生と憂理の関係の真実、憂理の本当の気持ち、彰彦の放埓な姉・紫織の存在。愛する人への疑いは、死角となり、聡明さを曇らせる。一番リアリスティックで「こちら側の人間」である節子を、一番最後に持ってきた意図もわかります。最大の謎は「憂理」ではなく、彼ら自身の中にあったのですから。

2007/3