りぼんの読書ノート

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闇の中の男(ポール・オースター)

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作者の言う「部屋にこもった老人の話」系列のひとつです。著者自身を彷彿とさせる主人公は、元書評家で72歳のオーガスト・ブリル。47歳の娘と、23歳の孫娘と3人で静かに暮らしています。彼らはそれぞれ、配偶者や恋人と別離して傷を負っています。

毎朝、闇の中で目覚める老いたオーガストは、過去を考えまいとして、別の世界をめぐる物語を捏造します。そこは、9.11も対イラク戦争も起きなかった世界なのですが、かわりにアメリカは内乱に陥っていました。大統領選の勝利を「盗んだ」ブッシュ政権に愛想をつかしたニューヨークやカリフォルニアなどが、合衆国という国家から分離独立して武力衝突が起きていたのです。

本書のもうひとりの主人公は、オーガストに創造されたオーエンという若者。内乱状態のアメリカに兵士として召喚されたオーエンは、元の世界に戻ってオーガストという老人を暗殺するよう命じられるのです。自分が作り出した世界を、自分が作り出した人物に壊させようとする矛盾は、老人の自殺願望を表しているのでしょうか。そしてそれは、どのように解決されるのでしょうか。

そして物語の後半では、オーガストの家族がそれぞれ負った傷が語られていきます。やがて「物語の力」による「再生」が暗示されるに至るのですが、闇に終わりを告げる曙光は、まだ弱弱しいものに思えてなりません。「戦争が家の中に入ってくる時代」にとって、「物語の力」がいかほどのものなのか。創造という行為そのものが問われているようです。

ところで、本書の中で小津安二郎監督の「東京物語」が紹介されていました。昨年逝去された原節子さんが、義母の形見としてもらった懐中時計を列車の中で眺めるラストシーンの意味が、詳しく解説されています。そういえば、この名画は未見でした。

2016/1