りぼんの読書ノート

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雪崩のくる日(辻邦生)

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シリーズ第3巻では、青年が日本近代史を調べて欧州各地で社会主義者・宮辺音吉の足跡をたどってゆく緑の場所からの挿話」と、山々に囲まれた都市の旧制高校に入学した少年の「橙の場所からの挿話」の前半が描かれます。

【緑の場所からの挿話】
「1.ドーヴァの眺め」 宮辺の足跡を追ってドーヴァの寒村へ出向いた青年は、5年前に密告されて逃亡したゲオルグを密告したルイスがリディアの母親と不倫関係にあったことを聞かされます。

「2.麦畑を越えて」 パトロンのレイモン・ファーゲ農園で食客となっていた宮辺は、スペイン人のピエールを父に持つイレーヌと恋愛をするのですが、彼女は結核で療養所へ行くことになります。。

「3.野の道」 宮辺はデモと騒擾に揺れるパリで新しい同士たちと出会います。熊(ウルス)は看護婦ミッシュリーヌと同棲しており、詩人(ポエタ)は修道士のような無能力に徹した生活をしています。

「4.黒い石だたみ」 子供っぽい社会改造への善意や熱意を見せていたミッシュリーヌは、ポエタとの浮気に走ります。日常生活の物質的な改善を目標にする運動は、それが実現した時に堕落してしまうのでしょうか。日常を楽しんでいるかのような老人の自殺に宮辺は考えさせられます。

「5.ある壊滅」 人民戦線デモが高揚する中で、共産党に懐疑的であった鉄道技師のジャン・ラングロアの悲しい過去を聞かされます。北アフリカ植民地アルジエリアで働いていた時に、妻のアンヌ・ビションを飲酒と浮気で失ったというのです。それは不安から起きた悲劇なのでしょうか。

「6.夜明け前の庭」 トゥールーズにおける社会・共産の統一大会に参加した際に、製図工ミッシェル・ペリエが銀行強盗の疑いで逮捕されるという事件が起こります。彼のアリバイは、ルブラン車両会社社長の妻アデールの浮気だったために黙秘します。アデールは。ミッシェルの無実を晴らして自殺するのですが・・。

「7.教授たちの夜」 ペーター・シュルツ教授の歌姫リーザへの恋情は、ドイツ人が求める雄々しい高揚感やワーグナーへの傾倒と似た感情なのでしょうか。零落したリーザと結ばれた教授がスペインに赴いたのは、歓喜の炎を消すためだったのかもしれません。

【橙の場所からの挿話】
「1.夜の鐘」 山国の旧制高校に入学した主人公は、大学予科に進学した大沼直樹から『若きウェルテルの悩み』の原書を送られます。知り合いとなった長岡医院の娘の女医・美根子は、は駒子の13回忌のために上京していました。

「2.高原の町から」 主人公は旧弊な上級生たちに反感を抱きますが、下宿先の娘・栄子が高校生を嫌っていることを聞かされます。学卒の若い上司に頭を下げる警察官の父親を見ていられないというのです。

「3.北風のなかの火見櫓」 主人公は勧誘を受けたヘーゲル研究会に違和感を覚える一方で、実直ながら右翼的な二等兵・石田と知り合います。やがて研究会メンバーは検挙され、同級生の鳥見が巻き添えを食ってしまいます。

「4.山峡へ」 純文を志望する中野と植村に連れられて小説家の中里栄と出会います。中里の娘・あつみに思いを寄せる弟子の平林は、貧乏、病気、女の苦労が作家の条件というのですが、正反対の生き方をしている詩人で画家の初山にライバル心を抱いています。

「5.秋の別れ」 大学休学中の田原の家に遠縁にあたる母子が奉公しているのですが、娘の高村みゆきは、芸者にならず渡米を決意します。主人公は彼女とのザイルの繋がりを感じます。

「6.雪崩のくる日」 友人の鳥見が恋する相手は、地質学の石岡先生の妻の石岡茂子でした。主人公は、かつての恋人の伊村が10年前に雪崩で死んだ場所にテントを燃やすために上高地に上る茂子につきあいます。

「7.落日のなかで」 主人公は高校を卒業して大学入学を果たし、東京に戻ります。大学の同級生の川上康夫は母の従兄弟・源太郎の息子でした。川上は大学を辞めて女給の弓子と北海道へ向かうと言うのです。

戦争へと向かう時代へのアンチテーゼとして社会主義や人民戦線を持ち出しながら、必ずしもそれがユートピアではないことを示唆する著者の姿勢を、昔は歯がゆく感じたものですが・・。

2013/1