りぼんの読書ノート

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2011/7 なずな(堀江敏幸)

早稲田大学教授でフランス文学者の堀江敏幸さんは、作家としては「理詰め」の作品を書かれる方との印象を強く持っていました。「言葉あまりて心足らず」という言葉が浮かんでしまうほどで、少々敬遠気味だったのですが、中年男のイクメン生活を描いた『なずな』は、「読んでおもしろい小説」に仕上がっています。「理詰め」を感じさせないほど、こなれているということなのでしょう。

上位にランクした『海炭市叙景』も『兵士はどうやってグラモフォンを修理するか』も、心に響く秀作です。
1.なずな(堀江敏幸)
生後2ヶ月の弟夫婦の娘「なずな」を預かった、主人公の数週間の「イクメン生活」を丁寧に描くことによって、「かけがえのない人生」に思いを馳せる所まで読者を誘ってくれる作品でした。「まっさらで汚れるしかないものに対しては、悪い汚れよりもよい汚れをつけてやったほうがいい」の言葉の意味を、主人公と一緒に考えさせられてしまうのです。なにより、赤ちゃんの「なずな」の描写が秀逸です。

2.海炭市叙景(佐藤泰志)
41歳で自殺した悲運の作家の遺作は、故郷をモデルにした北国の「海炭市」に暮らす人々の絶望を鮮やかに切り取りながら、故郷への深い愛情を感じさせてくれる奇跡的な作品でした。後に「バブル」と言われた時代に、煌びやかな都会からの恩恵の訪れを待ち焦がれながら衰退していった地方都市の悲哀には、自分の故郷が重なってきます。それと、「何かに取り残されてしまいそう」という焦燥感も・・。

3.兵士はどうやってグラモフォンを修理するか(サーシャ・スタニシチ)
ボスニア・ヘルツェゴヴィナに生まれ育ち、祖父から物語の力を学んだ少年が綴ることになったのは、故郷が内戦に呑み込まれていく過程でした。家族とともに国外に脱出し、避難所で知り合った少女アシーナに届くはずもない手紙を書き続けた少年は、後に祖国を訪れて、自分が書き続けた物語と現実との落差に茫然とします・・。「文学」が「悲惨な現実」に抵抗できるものかという、根源的な問いに答えはあるのでしょうか・・。



2011/7/31記