りぼんの読書ノート

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凶器の貴公子(ボストン・テラン)

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ボストン・テランの3作めの作品になります。舞台はサンフランシスコ湾に注ぐサクラメント川の河口付近に広がる広大デルタ地帯。旅行計画を立てていたときに「発見」して、ドライブルートを検討したことがあって、サクラメントストックトンやリオ・ヴィスタなどの位置や、網の目のような水路と、その合間を縫うような道路の関係は理解できます。実際に訪れたことはないのですが・・。

本書は、迷宮に見立てたデルタ地帯で、マネー・ロンダリングなどの不正取引を行なう怪物たちを追及する物語。モチーフとなっているのは「ミノタウロス伝説」です。テセウス役は、冒頭で変死した青年テイラーの角膜によって視力を取り戻した青年デイン。アリアドネ役は、テイラーの恋人だったエシー。

ミノタウロス役には、テイラーの父親で実業家のネイサン、彼の愛人で弁護士のアイヴィー、ネイサンのベトナム時代の上官で銀行経営者の「将軍」、その娘婿のチャールズ、政界を狙う地方検事のロイ、小型機を使う運び屋のフェン兄弟など、錚々たるメンバーが並びます。そもそも、「ミノタウロスがいてこその迷宮」なのですから。

デインの正体や、結末はおぼろげに示されるだけなのですが、本書がテーマとするのは「ミノタウロステセウスは迷路の中心で一体となってしまう」ことなのでしょう。そういえば、ヴィクトル・ペレーヴィン恐怖の兜も同じテーマを扱っていました。彼を連れ帰すことが出来るのは、アリアドネの糸ならぬ、エシーが呼びかける声。物静かであっても強さを秘めたエシーは、もちろん魅力的な女性なのですが、ロイの愛人で地方検事補のフレッシュが、いいキャラですね。男を愛することと、その男を利用して強さを増していくことを両立させることができる、聡明な女性。

神は銃弾で見せた憎悪と暴力と破壊の激しさは、本書においては通奏低音のように鳴り響いてはいるものの、深みに沈潜しているかのようです。それでも、行動と会話と風景描写からなる、キリッとした文体には変わりはありません。間違いなく、次作音もなく少女はに繋がっていくことになる作品です。

2011/1