りぼんの読書ノート

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聖餐城(皆川博子)

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「ドイツ30年戦争」というと、1618年のボヘミアの新教徒貴族の叛乱に端を発して、1648年のウェストファリア条約による和平まで、カトリック神聖ローマ帝国軍と、ドイツ国内諸侯軍、さらにはデンマークスウェーデンやフランスまでもが加わって、ドイツ全土で繰り広げられた戦争という、教科書的な知識しかありませんでした。

本書は、戦争の2年目に偶然であった、後に傭兵となる孤児アディと、宮廷ユダヤ人の息子イシュアの奇妙な友情を軸に、馴染みの薄いこの時代を生き生きと描き出してくれました。傭兵と宮廷ユダヤ人こそ、この時代を象徴する存在だったのですね。

スウェーデン国王グスタフ・アドルフの軍がドイツ全土を席巻するほどに強力だったのは、いちはやく徴兵制をひいて国民軍を成立させていたからということも理解できましたし、ボヘミア傭兵隊長ヴァレンシュタインが軍功をあげ、皇帝をしのぐほどの力をつけたのは宮廷ユダヤ人の財力と情報・流通網の活用によることも実感。

ドイツ国内で財力を蓄えた宮廷ユダヤ人は、アムステルダムやロンドンの取引所などの新天地を開拓していくのですが、ここでは末弟イシュアによって北方へと追われていく長兄シムションの活動として現されます。

しかし、なんといっても一番実感できたのは、傭兵隊に国土を蹂躙されて荒廃していく、この時代のドイツの庶民の悲惨さです。自分とは関係のない戦争で守備隊が敗れた町は略奪や暴行にさらされ、ひどいときには虐殺されてしまうのですから。「戦争で戦争を養う」しかない傭兵時代の「戦争の法」の、なんと凄まじいことか。

タイトルの『聖餐城』とは、真実を予言する「青銅の首」なる機械が存在するとされる城。宮廷ユダヤ人のコーヘン一族はこれを追い求めていて、このあたりが錬金術カバラなど幻想小説っぽい雰囲気でしたが、それ以外は、正統派歴史小説です。

ミラン・クンデラの『笑いと忘却の書』に「プラハの街中にある無垢で無慈悲な天使像はカトリックの駐留軍である」との文章がありましたが、この時代のことだったのですね。

2009/1