りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

一茶(藤沢周平)

イメージ 1

「痩せ蛙まけるな一茶是にあり」とか「やれ打つな蠅が手を摺り足をする」などの句で知られる一茶は、のんびりと田舎に住んで、小さいものや弱いものにも目を配っていた、いかにも善良な俳諧師であるかのような印象があります。

でも、その実態は全然違うんですね。15歳の時に継母から追い出されるように信州の実家を出て上京してから、奉公も続かず、得意の俳句で身を立てようと決意してからも生活に苦労し、好事家の富豪に取り入ったり、俳号詐称まがいのことをしながら諸国を巡り、俳諧を教えながら施しを受けるような生活。「春立つや四十三まで人の飯」の句などには、自嘲の精神があらわれています。

しかも結局は江戸の俳壇には受け入れられずに、50歳をすぎて老後の生活が心配になり、故郷に帰って弟夫婦が広げた田畑を「父親の遺産」との遺言を盾にして半分を横領したり、何人も若い嫁をもらうなど、極めて世俗にまみれた生涯をおくったそうです。

それでも、2万に及ぶ発句を作り、その中に今でも人の心を動かす句をたくさん遺したというのは、並大抵のことではありません。著者もあとがきで「俗にまみれながらきわどく俗を超越した人物」との評価をしています。

藤沢さんは、20代で大病を患って病床で俳句を詠んでいたときに一茶の人生に触れて、いずれ小説に著したいとの意欲を持ったとのことです。貧しい生涯の中でひたすら俳句を詠み続けた一茶に対して、自分の明日をも知れぬ境遇を重ね合わせていたであろうことは、想像に難くありません。「俗人一茶」に対する、深い共感が感じられます。

2008/7