りぼんの読書ノート

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真の人間になる 下(甘耀明)カン・ヤオミン

1945年9月に起こった「三叉山事件」とは、台湾山岳地帯に墜落した米軍輸送機を捜索・救助に向かった日本人警備隊や現地案内人26名が悪天候のために二次遭難。ひとりを除いて全員死亡した事件です。本書の主人公であるハルムトもその一員だったのですが・・。

 

漢民族からは原住民として異類視され、日本人からは被支配者として迫害され、米国人からは敵国人として攻撃されたブヌン族の一員であるハルムトの中には、さまざまな恨みが積み重なっていたのでしょう。彼が抱える恨みが怒りとなって外に出ることを押しとどめていたのは、ブヌン族の祖父、アミ族の野球コーチ、親切だった日本人から注ぎ込まれた「物語の力」だったようです。しかし重傷を負いながら生存していた米兵トーマスから「激しい怒りの物語」を聞かされたことで、ハルムトの中で何かが変わろうとしていました。

 

それでもハルムトはすんでのところで踏みとどまります。彼の命と心を救ったのは、ブヌンの伝説の鳥ハイビスのように、祖父ガガランが命と引き換えに山上の月鏡湖まで携えてきた火でした。彼は死者たちに対する「ミホミサン(お元気で、また会おう)」の気持ちを忘れずに、自分が死に立ち会った英雄たちの事跡を伝えていくことを誓います。本書のタイトルである「真の人間になる」とは「本当の自分になる」ことであり、そこには、「自分を受け入れ、愛することができる人になる」という意味も込められているとのこと。恨みを伝えていく物語よりも、恨みを超越する物語の力を、著者は信じているのです。

 

2024/2