りぼんの読書ノート

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真の人間になる 上(甘耀明)カン・ヤオミン

戦中戦後の台湾の混乱期をマジック・リアリズム的な手法で描いた『鬼殺し』に対して、本書はより抒情的な作品となっています。

 

台湾島南部の山岳地帯で生まれ育ったブヌン族の少年ハルムトが主人公。日本の「理蕃政策」に抵抗して鎮圧され山麓へと強制移住させられたブヌン族の歴史は、まだ生々しい時代のこと。しかし日本統治下の多民族多言語の世界で育ったハルムトには、多種多様な物語が注ぎ込まれてきました。祖父ガガランからはブヌン族の神話が。野球コーチであったサウマの物語からはアミ族の物語が。料理屋の雄日さんや駐在所の城戸所長からは日本の物語が。後に出逢うことになる遭難したアメリカ軍人トーマスからはアメリカの物語が。

 

幼い頃に双子の兄を失くしたハルムトは、祖父ガガランに育てられ、霧鹿の蕃童教育所で出会ったハイヌナンを兄のように慕いながら育ちます。かつて純台湾人の高校野球チームの一員であったサウマから野球の楽しさを教えられ、ハイヌナンとともに花蓮の中学に進学。しかし太平洋戦争の開戦によって甲子園出場の夢は閉ざされ、米軍機の空種によってハイヌナンは焼死。戦後すぐに行われた台湾職業団チームの選抜テストで投げた桜吹雪の魔球は暴投となり、夢破れて帰郷。

 

しかし戦争は終わったものの、戦争関連の死はまだ終わっていませんでした。日本軍の捕虜になっていた米兵らを帰国させるための輸送機が台湾上空で墜落し、まだ台湾に残っていた日本人警察官や憲兵らが編成した救助隊の案内人としてハルムトが選ばれたのです。それが悲惨な「三叉山事件」の始まりとなるとも知らずに・・。物語は、タイトルの「真の人間になる」ことの意味が明らかになる下巻へと続いていきます。

 

2024/2