りぼんの読書ノート

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鬼殺し 下(甘耀明)

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日本による統治から中国国民党による支配への移行という動乱期を生きた、台湾の少年と祖父を、マジック・リアリズムの手法を用いながら描いた作品の下巻は、日本の敗戦から始まります。米軍の台湾上陸を阻止するために兵を率いて中央山脈を越え東部へと向かった少年・劉興帕は、桃太郎的な活躍をするものの、超自然的な力で山に閉じ込められている間に、日本は降伏。

もともと台湾割譲に反対して日本に抵抗した過去を持つ祖父・劉金福らが目論んだ、関牛窩(グァンニュボー)の独立は、国民党軍の進駐によってあっけなく崩壊。同じ台湾民族であっても、旧日本軍に属していた者たちが排除され、国共内戦が繰り広げられている中国本土に死兵として送られていく中で、劉金福は戦争の後遺症に苦しむ孫を連れて、決死の覚悟で台北へと脱出。しかし彼らがそこで遭遇したのは、2万人もの死者を出した二・二八事件だったのです。

台湾の本省人外省人の対立が顕在化する中で、閩南語も中国語も話せない祖父と息子は、幽霊屋敷に隠れ住みます。彼らが血を引く少数民族の言葉を除けば、祖父は客家語しか、孫は日本語しか話せないのです。「鬼」を見る能力を有する怪力少年の劉興帕であっても、いやそうであるからこそ、彼は台湾を「鬼の島」と意識せざるをえません。清朝からも、日本からも、国民党政府からも見放され、あの世とこの世の間を彷徨う「鬼」たちが住まう島と・・。

祖父は関牛窩への帰路で死亡。故郷で久々に「鬼王」こと「かつての義勇軍の棟梁であった呉湯興の霊」と再会した劉興帕は、祖父は50年前に既に死んでいたと聞かされます。そして台湾の歴史の目撃者であり続けた「鬼王」も、同じ民族が殺し合う二・二八事件に絶望して「本当の死を与えて欲しい」と劉興帕に頼むのでした。かくして「鬼殺し」は完結。

著者は本書のテーマを「アイデンティティの揺らぎ」と語っているとのこと。「台湾と日本」とか「台湾と中国」という枠組みを超えた「人と鬼」=「生者と死者」の間の揺らぎを描き出す手法として、マジック・リアリズムの手法が有効だったのでしょう。その中から「台湾の主体性」というテーマが、おぼろげに浮かび上がって来るようです。最初から最後まで、文章と物語の迫力に押されっぱなしでした。

2017/10


鬼殺し(上)白水社エクス・リブリス)