りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

鏡と光 下(ヒラリー・マンテル)

ヘンリー8世の寵愛を得て秘書官と国璽詔書を兼任し、イングランド行政の中心人物として目覚ましい改革を推進したトマス・クロムウェルは、どのようにして破滅に至ったのでしょう。最終的には国王の寵愛を失ったことが全てなのですが、著者はそこに至る道筋を丁寧に描き出していきます。

 

トマスの政敵は無数に存在しているようです。平民出身であるトマスを蔑みながら権勢を妬む、ノーフォーク公をはじめとする大貴族たち。故キャサリン王妃が遺した王女メアリを抱き込もうとするカトリック勢力。チューダー朝を敵視する旧ヨーク王家に連なる者たち。有能なトマスを危険視するフランスや神聖トーマ帝国らの外国勢力。トマスが進めた修道院の解散や急速な改革に抵抗する人びと。

 

トマスがこれらの問題に対応していく過程は、まるでもぐらたたきのよう。廃嫡寸前であったメアリを説得して父王に従わせたことは、メアリとの関係への疑念を招きます。旧ヨーク王家に対する丁寧な対応は、問題の根絶には至りません。北部地域で発生した民衆反乱は、武力を有する大貴族への依存を強める方向に向かってしまいました。そして皇太子エドワードの誕生と引き換えに命を落としたジェーン・シーモアに代わる4番目の王妃としてトマスが推薦したアン・オブ・クレーブズは、国王に気に入られなかったのです。

 

最後の問題がトマス失脚の原因として語られることが多く、ある出来事が伏線となって大きな罠になっていくように読める個所もありますが、全てが絡み合っているようです。5番目の王妃となる姪のキャサリン・ハワードを差し出したノーフォーク公や、必死の反撃を企てたスティーブン・ガーディナーらの聖職者たちも、トマスの宿敵となるほどの人物ではありません。ヘンリー8世のような複雑な人物が、有能な寵臣への寵愛を失っていく過程など、理路整然と述べられるものではないのでしょう。ただしフランスと神聖ローマ帝国の蜜月関係の破綻が、当時のイングランドにクレーブ家らドイツ諸侯との密接な関係を保つ必然性を失わせたことは大きな要因であったように思えます。

 

トマスは、エセックス伯に叙任されたわずか2カ月後に、大逆罪などで逮捕され処刑されてしまいます。しかしヘンリー8世にも忸怩たる思いがあったのでしょう。トマスの息子グレゴリーは男爵の地位を与えられ、甥のリチャードは王の侍従として生涯を全うすることができました。ちなみにリチャードの曾孫がピューリタン革命で国王を追放することになるトマス・クロムウェルです。

 

2023/12