りぼんの読書ノート

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鏡と光 上(ヒラリー・マンテル)

これまで脇役か敵役としてしか描かれてこなかったヘンリー8世の寵臣・トマス・クロムウェルの生涯について、正面から向き合った3部作の最終巻になります。アン・ブーリンの登場とトマス・モアの処刑までを描いた第1部『ウルフ・ホール』と、アン・ブーリンの処刑とジェーン・シーモアの登場までを描いた『罪人を召し出せ』は、ともにブッカー賞を受賞しています。

 

トマス・クロムウェルこそが、イングランド宗教改革の立役者であり、絶対王政の確立を成し遂げた人物だったのですね。ヘンリー8世がキャサリン・オブ・アラゴンの離婚を認めなかったローマ教皇庁と袂を分ってイングランド国教会を成立させたことはよく知られていますが、そのアイデア理論武装も準備作業も彼が行っていたようです。それと並行して行った修道院の没収や大貴族の領地削減は、成立間もないチューダー朝の基盤を盤石にしていきます。

 

そんなトマスがカトリック勢力や大貴族からの恨みを買っていたことは容易に理解できます。そして平民出身のトマスを護るものはヘンリー8世の寵愛だけだったのですから、薄氷を渡るようなもの。巨大な同族企業でナンバー2にまで出世してしまった有能な部外者の悲劇を思わせますが、彼の場合は失脚=絞首刑なのですからまさに命がけ。

 

トマスは有能な官僚であったのみならず、同時代に大陸で花開いていたルネサンスの理解者でもありました。ヘンリー8世や妻たちの肖像画を描いたホルバインと親交を深め、エラスムスの著作の出版を助けたりもしています。ドイツやスイスの宗教改革者たちとも交流があり聖書の英訳にも貢献したのですが、彼の信仰心は彼が作り出した英国国教会の保守派からは過度にルター派寄りと見られていたのは皮肉なもの。このことは後の凋落の一因にもなっていくのですが、下巻ではその過程がつぶさに語られていきます。

 

2023/12