りぼんの読書ノート

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東福門院和子の涙 下(宮尾登美子)

皇室の外戚となるという家康の野望を実現するために御水尾天皇へ入内させられた、秀忠の末子・和子の御所での生活はスムーズには始まりませんでした。宮廷の女たちの巧妙な妨害によって、床入りどころか夫である帝との会話すらなかなかできずにいたのです。後水尾天皇の生母である中和門院の計らいで、ようやく2人の仲が深まったのは、入内から2年4ヵ月後のことでした。

 

2人の女児に次いで得た待望の男児・高仁親王は、わずか3歳で薨御。五味康祐は『柳生武芸長』で高仁親王の死を「皇室に徳川の血を入れたくないが故の陰謀」と想像を逞しくしていますが、もちろん本書では自然死扱いです。しかし皇后が生した男児が成人できなかったことは、和子の運命を変えていきます。

 

まず和子の長女である女一宮が明生天皇に即位。わずか8歳で生涯独身を義務付けられた女帝となる愛娘を思い遣る母の気持ちは、女性であれば痛いほどに理解できるでしょう。そしてまだ若く、更なる男児の誕生を望んでいた和子の気持ちは次々に裏切られていくのです。後水尾天皇はこれまで和子と幕府を憚って公にしていなかった女官たちとの関係を解禁し、次々と妾腹の男児・女児を得ていきます。その一方でそれまでは子種を宿した女官たちに中絶を強要していたことも判明。

 

和子が常に携えていた紅絹が涙で濡れたのは、ついに理想としていた夫婦関係を築けなかったからなのでしょう。その悲しみは、多くの養子・養女を迎えて「慈愛の国母」と称えられたことなどで癒されるものではありませんでした。男性視点の歴史では、天皇家を押さえつけようとする幕府と、それに反発する後水尾天皇の間に立って苦労したことを和子の功績として重視する向きもありますが、著者の女性視点では些事として扱われています。1996年に刊行された本書は、やはり新しい歴史小説を誕生させていたのです。

 

2023/11