りぼんの読書ノート

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ウィーンの密使(藤本ひとみ)

近年は現代日本ミステリや幕末歴史小説など幅広い作品を書いている著者ですが、1990年代に書かれたフランスやオーストリアを舞台とする歴史小説が一番好きでした。1996年に出版された本書も、その中の1冊です。

 

舞台はフランス革命。主人公はオーストリアの青年士官ルーカス。彼は皇帝の密命を受けて、フランス王妃マリー・アントワネットのもとに向かいます。フランスの力が弱まるのは好ましいものの、フランス王政の転覆までもは望まないオーストリアにとっては、王家と革命勢力のバランスを保つ必要があったのです。そのためにはハプスブル家の公女であったマリー・アントワネットの悪評は避ける必要があり、彼女の幼馴染であったルーカスに全てが託されたのでした。

 

しかし王室の特権を当然と思い、男性を翻弄することを得意とするアントワネットの性格は変わっていませんでした。彼女は、国民に愛されて国民と共存する王室という、新しい時代にふさわしい概念をついぞ理解することはできなかったのです。革命当初は王室の廃止など望んでいなかったフランス国民も、守旧的な国王と反動的な王妃に対して次第に厳しい目を向け始めます。盲目的な愛を捧げるフェルセンとの恋に身を焼くアントワネットを説得し、ミラボー、ダントン、ロベスピエールらを利用して革命の過激化阻止をはかるルーカスの活動は難航。やがて王妃が皇帝に宛てた密書が決定的な役割を果たすことになって、ルーカスにも危機が迫ってきます。

 

多くの伝記・小説が書かれているマリー・アントワネットは、毀誉褒貶が激しい人物です。本書の王妃像はツヴァイクによる評伝に近いものの、著者オリジナルの人物造形なのでしょう。著者渾身の作品である『マダムの幻影』では、運命に翻弄された平凡な女性でありながら健気に死を受け入れた悲劇の王妃としても描かれているのですが。この2冊を念頭に置いて、佐藤賢一氏の『小説フランス革命』を読むことをお勧めします。

 

2023/3