りぼんの読書ノート

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マーダーボット・ダイアリー 上(マーサ・ウェルズ)

終始一人称で語られる物語の主人公は、自らを「弊機」と呼ぶ人型警備ユニット。殺人ロボットとの通称を持つロボットに性別はないものの、どうやら女性形のよう。モジュール故障によって大量殺人を犯したとされていますが、その記憶は消去されており、所有者である保険会社によって再利用されています。しかし弊機には感情と優れた電子戦闘能力がありました。自らの行動を縛る統制モジュールをハッキングして自由になっているのですが、その事実はまだ誰も知りません。本書にはシリーズのはじめから4作の中編が収録されています。

 

「システムの危殆」

ある惑星資源調査隊の警備を任された弊機は、危機が迫っていることに気付きます。支援衛星からの通信は遮断され、惑星の裏側で活動している別の調査隊は全滅させられた模様。それは惑星マップの欠落エリアが関係しているのでしょうか。やがて弊機は、暴走させられた他の警備ロボットチームと死闘を演じることになるのでした。

その過程で調査隊のリーダーであるメンサー博士に、弊機の秘密が知られてしまいました。人造ボットの権利に理解ある博士によって買い取られて自由の身になったものの、弊機は博士の元を離れて外世界へと向かうのでした。このあたりはアメリカの黒人奴隷史の一幕のようですが、論評するところではないのでしょう。人見知りで世間への関心が薄く、連続ドラマの視聴のみを唯一の趣味とする弊機のキャラが特徴的です。

 

「人工的なあり方」

メンサー博士のもとから飛び出した弊機は、消去された記憶を取り戻すべく、かつて彼女が大量殺人を犯したとされる鉱山惑星へと向かいます。高度な能力を有する神経質な宇宙船AIのARTと、連続ドラマを紹介したことで仲良くなれたのは大きな収穫でした。ARTが施してくれた偽装で人間を装い、鉱山惑星に向かう研究者チームの警備員として雇われるのですが、そこは無法な企業が統治する惑星だったのです。そして弊機が起こしたとされる事故の真相も、意外なものでした。

この宇宙世界のあり方やロボット工学以外の技術がおぼろげにしか示されないのは、弊機の関心が及んでいないからなのでしょう。その代わりに弊機は、能力の高い宇宙船AIには僻んでいるようだし、人間と感情的・身体的な関係を結ぶ慰安ユニットのことは「セックスボット」という蔑称で呼んで敵愾心を示しています。本書は、かなりのトラウマを抱えている弊機が、さまざまな人間やAIとの触れ合いを通じて成長していく物語でもあるようです。