りぼんの読書ノート

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ヴィネガー・ガール(アン・タイラー)

現代作家による「語り直しシェイクスピア」シリーズの第3弾は『じゃじゃ馬ならし』でした。ところが人生の機微を描く第一人者であるピューリッツアー賞作家は、この作品が大嫌いだというのです。確かにシェイクスピア初期の粗削りな作品であることは別にしても、奔放な女性を洗脳して従順な妻に作り変えるという物語は、とんでもなく性差別的で暴力的なのです。「だから書き直すことにした」との著者の意気込みに、まず拍手です。

 

本書のヒロインのケイトは、大学をドロップアウトしてプリスクールで幼児の世話をしている29歳の独身女性。男性には興味がなく不愛想で無思慮な性格の持ち主であり、本人いわく「ハニーではなくヴィネガー」。しかし彼女はユーモアのセンスもあるごく普通の人物であり、現代のセンスでは「じゃじゃ馬」といえるかどうか微妙なラインかもしれません。むしろ研究者である父親のほうが変人であり、年の離れた妹のバニーもなかなかの「じゃじゃ馬」です。

 

原作のテーマである強制結婚は、外国籍の優秀な研究者ピョートルの永住ビザを獲得すべく、父親がケイトに偽装結婚を頼み込むという現代的なシチュエーションになっています。はじめは猛烈な拒否反応を示したケイトでしたが、気の毒な境遇のピョートルに同情して引き受けてしまいます。しかし結婚式の当日になって、ピョートルには頑固で暴力的な一面があることに気が付き・・。

 

原作の『じゃじゃ馬ならし』は劇中劇の体裁を取っているのですが、その代わりに、本編には登場しないある人物の視点からエピローグが語られます。それによって、夢を失って日々の生活に流されていたケイトが、この事件を契機として生き生きとした人生を取り戻したことが明らかにされるのです。シェイクスピアの問題作を、現代フェミニズムの視点に耐えうる物語として語り直した著者の試みは成功しています。個人的には、問題児のように見えていた妹のバニーが、姉を心配して偽装結婚に反対する場面が好みでした。

 

2023/3