2019年と2021年はじめに公募された、アフガニスタンの女性作家18人による23の短編集には、「作家紹介欄」が欠落しています。女性作家たちの経歴を活字で残すことが、本人にとってあまりに危険だというのがその理由です。女性嫌悪、家父長制、暴力、貧困、テロ、戦争、死・・日々を生き抜くことに精一杯の彼女たちが、身の危険に晒されても表現したかったことが詰め込まれた本書は、単なる文学的プロジェクトを越えた出版物といえるでしょう。タリバーンがアフガン全土を支配した2021年8月以降、女性たちを取り巻く環境が著しく悪化している中で、彼女たちの創作環境は継続されているのでしょうか。いやその前に、平穏な生活が送れているのでしょうか。尊敬の念を込めて全23編を紹介しておきます。
「話し相手」マルヤム・マフジョーバ
大勢の子供たちを育て上げた老母が孤独死を恐れているのは、子供たち全員を安全な国外に脱出させたからなのです。
「八番目の娘」フェレシュタ・ガニー
男児を産めない嫁に存在意義はありません。たとえ死に物狂いで8番目の娘を産んだとしても。
「犬は悪くない」マースーマ・コウサリー
貧しい母親に育てられて路上の代書屋になった青年は、凍える路上で産んだ子犬たちに精一杯の愛情を注いでいる母犬を気にかけますが、連れ帰る余裕などありません。
「共通言語」ファーティマ・ハイダリー
翻訳代理店で働く3人の女性たちは、雇い主のセクハラに抗議の声をあげますが、全員解雇されてしまいます。
「遅番」シャリーファ・パスン
反政府勢力のロケット弾に倣われるテレビ局に勤める女性にとって、突然の死は日常のものになっているようです。
「世界一美しい唇」エラーヘ・ホセイニー
結婚式場で自爆テロを起こした娘には、口唇裂を理由にいじめられ続けた過去がありました。
「わたしには翼がない」バートゥール・ハイダリー
父親にゲイであることを知られて暴力を振るわれた息子には、もう居場所などないのです。
「巡り合わせ」アーティファー・モザッファリー
失明した娘が結婚させられたのは地雷で不具になった男でした。彼女を愛し、彼女の治療費を稼ぐために国外に出ていた青年の帰国は遅すぎたのです。
「なんのための友だち?」シャリーファ・パスン
政府から給付される住宅の申請者名簿から、彼女の名前が削られたのは何故だったのでしょう。本書の中では、友人の裏切りというテーマなど平和的に感じられてしまいます。
「ダーウードのD」アナヒータ・ガーリブ・ナワーズ
家族以外の誰からも虐げられて育った少年が、姉の夫となった村長を殺害した理由は何だったのでしょう。そして彼の担任教師は、なぜ少年の罪を被る決断をしたのでしょう。
「夢のてっぺんから転がり落ちる」パランド
貧困から逃れるために不幸な結婚をした女性が逃げ込んだのは、妄想の世界でした。もちろんそれは現実世界での不幸を増しただけなのです。
「防壁の痕跡」マースーマ・コウサリー
爆発で死を迎えつつある女性の脳内で、走馬灯のように過去がよぎります。そのどれもが悲しい思い出であることが辛い。
「冬の黒い烏」マリー・バーミヤーニー
薄いブルカだけを纏って極寒の通勤路を歩く母親に幸福が訪れました。車掌がバスに無料で乗せてくれたのです。あまりにもささやかすぎる幸福に、哀れを誘われてしまいます。
「銀の指輪」フェレシュタ・ガニー
母は子供たちに食べ物を与えるために、戦死した父が遺した銀の指輪を売ってしまいました。それは偽物で高く売れないことは、はじめからわかっていたのですが。
「サンダル」マリーハ・ナジー
あまりにもボロボロになったサンダルを履き続けている娘のために、出稼ぎの帰りに新品のサンダルを買ってきた父親。しかし家の近くで爆発音が響きます。
「虫」ファーティマ・サーダート
DV夫から逃げ出した母親と娘。まだ幼い娘が家の中で見つけるおぞましい虫は、彼女の妄想の産物なのでしょうか。
「ホルシードさん、さあ、起きて」バートゥール・ハイダリー
数年ぶりに故郷に戻ってきた男は、彼が殉教者として亡くなったとされていることを知らされます。そして妻は娘を連れて再婚していたのです。
「わたしの枕は一万一八七六キロメートルを旅した」ファランギース・エリヤースィー
夫とともにアメリカに脱出した女性が不眠に悩まされ続けているのは、母が作ってくれた愛用の枕を故郷に置いて来てしまったからなのでしょうか。故郷と家族を失った女性が、再び熟睡することがあるのでしょうか。
「アジャ」ファーティマ・ハーヴァリー
いにしえの予言者の名前で呼ばれるほどに尊敬されている老婆は、かつてどのようにして村を洪水から救ったのでしょう。女たちが力を合わせて成し遂げたこととは何だったのでしょう。
「赤いブーツ」ナイーマ・ガニー
サイズの合わない赤いブーツには、少女のひと冬の思いが託されていたのです。私には、聞き分けのない娘としか思えなかったのですが・・。
「花」ザイナブ・アフラーキー
カブールの女子高校が爆破された実際の事件に材を得て書かれた作品です。学校に行って自由に生きることの大切さ、それを守る勇気を示すことを教えてくれた友人のような女性も、大勢いたはずなのに。
「ハスカの決断」ラナ・ズルマティ
夫を殉教で失って未亡人となった女性は、彼女に再婚を申し込もうとしている男性が大勢いることに気付きます。義兄までもが娘の養育を質にして再婚を申し込んできた時に、彼女はある決断をするのです。
「エアコンをつけてくれませんか」マルヤム・マフジョーバ
自爆テロに巻き込まれることを恐れ、ビクビクしながら日々を過ごしている男性の話は、とても笑い話とは思えません。
2023/2