りぼんの読書ノート

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怪物(東山彰良)

赤軍に敗れて台湾に逃れた国民党の大陸反抗の試み、大躍進政策に失敗して荒廃した毛沢東時代の中国、小説と現実が混じり合う狂気じみたプロットと、多くの要素を取り込んだ野心的な小説ですが、基本的には「愛と自由の物語」なのでしょう。

 

主人公の柏山は、10年前に発表した「怪物」という小説が国際賞の候補になったことで脚光を浴びることになった、47歳の小説家です。その作品は、台湾空軍の一員として中国に偵察飛行に出た際に撃墜され、飢餓大国と化した大躍進政策時代の中国で3年間を生き延びた後に、台湾への帰還を果たすことができた叔父をモデルにした物語。何も語らすに自殺してしまった叔父に代わって柏山は、物語の中で空白の3年間を埋めました。叔父は地方で暴虐の限りを尽くす怪物的な人物に仕えた後に、その怪物を射殺して中国脱出を果たすことができたのだと。

 

柏山は、自身のルーツである台湾で開かれたブックフェアに招かれた際に、担当に付いた若い既婚女性の編集者と関係を持ってしまいます。文庫化される「怪物」のリライトを始めた柏山が、自分が書いた物語世界に取り込まれていくような感覚に襲われるようになったのは、その女性との不倫が原因だったようです。小説の中で叔父は「愛と自由の二者択一に悩んだ人物」として描かれたのですが、同じ問題が柏山自身にも降りかかってきたわけですね。

 

しかし「愛と自由」とは両立できないものなのでしょうか。多くの人が悩んだ命題なのでしょうが、本書における著者の答えは明快です。怪物とは「愛と自由を両方手に入れた」想像上の生物にすぎないというのですから。

 

2022/7