りぼんの読書ノート

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東京のぼる坂くだる坂(ほしおさなえ)

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アラフォーで母と二人暮らしの蓉子が、幼い頃家を出ていった父の訃報をきっかけに、東京中の坂を転居して回った父の足跡を辿り始める物語。幼い頃の娘に向かって「のぼり坂とくだり坂のどちらが多いか」というなぞなぞを出していた父親は、なぜそれほどまでに坂のことが好きだったのでしょう。

 

精細なイラストマップつきで多くの坂道の説明が含まれる本書は、通常の小説の域を超えています。この本を片手にして、東京の坂道を巡る散歩旅を楽しめそうなほどなのです。幽霊坂(三田)、闇坂(山王)、狸穴坂(麻布台)、梯子坂(東新宿)、胸突坂(目白台)、別所坂(中目黒)、王子稲荷の坂(北区岸町)、くらぼね坂(国分寺)、異人坂(根津)、桜坂(田園調布)、三折坂(下目黒)、明神男坂(神田)、氷川坂(茗荷谷)、本氷川坂(赤坂)、相生坂・赤城坂(神楽坂)、蛇坂(赤羽西)、蓬萊坂(大森)と連なるラインアップは、それぞれの魅力に満ちています。

 

やがて蓉子は、父の人生がゆっくりと坂を下っていくようなものであったことを知り、そんな人生を愛した父がひとつの場所やひとりの女性に縛られるのを避けたのではないかと想像するに至ります。それを父が生きた証とはいえ、自分勝手な生き方であったことには違いないのですが、なぜ母はあっさり父親と別れたのか。父親と、母親と、蓉子自身の人生模様の背景として、坂のある風景は似合いすぎますね。

 

起伏の多い東京ではわざわざ坂道を訪ね歩こうとは思いませんが、大阪の上町台地坂上谷町筋と坂下の松屋町筋を結ぶ「天王寺七坂」を歩ったことがあります。由緒ある寺社も多く、ところどころ敷石道や階段にもなる坂道をのぼりくだりするのは疲れましたが。心地よいものでした。東京でそれをしようとしたら、百倍以上の覚悟が必要かもしれません。

 

2022/5