りぼんの読書ノート

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52ヘルツのクジラたち(町田そのこ)

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2021年度の本屋大賞受賞作です。タイトルの「52ヘルツのクジラ」とは、他の鯨が聞き取れない高い周波数で鳴く、世界で一頭だけのクジラのこと。たくさんの仲間がいるはずなのに何も届かず、何も届けられず、広い大海で誰とも出会うことのない孤独なクジラのこと。著者は、本来であれば一番頼れるはずの母親から虐待を受けて助けを求める声を誰にも届けられない子供たちを、「52ヘルツのクジラ」に重ね合わせています。

 

かつて祖母が住んでいた田舎の家に引っ越してきた女性・貴瑚は、かなりのワケアリです。再婚相手にのみ尽くす母親によって自分の人生を搾取されてきたのみならず、そこから救出してくれた大切な人を失ったことに罪の意識を感じているのです。そんな彼女がそこで出会ったのは、母親に虐待されて言葉を失い「ムシ」と呼ばれていた少年でした。誰にも届かないはずの助けを求める声を、貴瑚は聞き取ることができたのでしょうか。

 

この数年の本屋大賞受賞作は「寄り添う物語」が多いように思います。ちょっと苦手な系統なのですが、時代が求めているのでしょう。ただ本書は「ふたりが出会って良かった」という終わり方ではなく、現実問題として必要な手続きまでをしっかり書き切っている点は高評価。小説的にはスムーズな展開を失ってしまうのですが、仕方ありませんね。ある登場人物が語っているように「束の間だけ甘やかすのはある種の暴力」なのですから。

 

2021/12