りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

剣樹抄(冲方丁)

f:id:wakiabc:20210801102846j:plain

家光時代の武断政治から文治政治へと切り替わろうとしている第4代将軍・家綱の治世6年目。11歳で将軍家を継いだ家綱はまだ幼く、家光時代に有力大名の改易や御三家の弱体化を目論んだ老中・松平信綱大目付・中根正盛らはまだ幕政を手放してはいません。まだ20代の水戸光圀が、父親から「お務め」を引き継いだのはそんな時代でした。その「お務め」とは、隠密組織を率いて幕府転覆を目論む勢力を駆逐すること。そして彼が率いることになった諜者集団の「拾人衆」とは、特異能力を身につけた捨て子たちだったのです。

 

夜目遠目に長けてひとたび見たものを描き出す巳助、ひとたび聞いた声を完璧に真似るお鳩、遠方の声を聞き取る能力に優れた亀一、嗅力に優れて野犬を操る伏丸らに加わったのは、圧倒的な膂力で重い木刀を操る了助。明暦の大火で焼け出された了助には、浪人者だった父が旗本奴らに惨殺されたという過去がありました。敵として登場する者たちもまた異能者揃いです。独楽のように回転する剣技を振るう片腕の剣士。闇に忍ぶ火付けの天才。不敗を誇る巨漢力士。後に伝説の花魁となる湯女など。由井正雪の絵図面を有して江戸に大火を起こす「極楽組」とは何者なのか。彼らの黒幕は誰で、真の目的とは何なのか。江戸の町を舞台にして死闘が繰り広げられていきます。

 

これはまるで、「マルドゥックシリーズ」や「シュピーゲルシリーズ」の江戸時代バージョンですね。しかも『光圀伝』によれば、若き水戸光圀はまだ身中に潜む虎を飼いならすに至っていない頃のこと。さらに光圀と了助の間には極秘の因縁があるようなのです。地獄絵図に描かれた無数の刃の葉を持つ樹木「剣樹」に惹かれた了助は、「マルドゥック」のバロットや、「シュピーゲル」の涼月のように、人間的にも成長していくのでしょうか。まだ物語は完結していないようなので、続編を楽しみに待ちましょう。

 

2021/8