りぼんの読書ノート

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いのちなりけり(葉室麟)

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佐賀藩出身の男女が数奇な運命に翻弄されながら再会を果たす物語」である本書は、「葉隠」成立に至る「前史」ともいえそうです。「葉隠」の有名な言葉である「武士道とは死ぬことと見つけたり」と「忍ぶ恋こそ至極の恋」という2つの精神が、本書の中で見事に融合しているのです。

背景には、佐賀藩主の鍋島家と竜造寺家の複雑な関係がありました。下剋上によって実権を簒奪した鍋島家に下った旧主・竜造寺に繋がる各家は複雑な感情を持っていたようです。て竜造寺系の家の一人娘・咲弥の再婚相手として婿入りした好漢・雨宮蔵人は、叛意を持つという義父を上意討ちせよとの密命を受けてしまいます。

一方で、幼いころから咲弥を想っていた蔵人は、「自身の心を表す唯一の和歌を教えて欲しい」という咲弥の期待に応えられないまま、夫婦の契りを結ぶに至っていませんでした。やがて咲弥の父親が殺害され、蔵人は出奔。蔵人の従兄弟の深町右京の助けを借りて、咲弥は親の仇と思い込んだ蔵人を負うのですが・・。

というあたりは、まだ導入部。蔵人は義父の殺害犯ではなかったと判明するものの、蔵人も咲弥も、佐賀藩にとって好ましい人物ではありません。縁あって蔵人は京の貴族に、咲弥は江戸の水戸光圀公の奥に仕えるようになり、2人は別れ別れのまま16年の月日が流れます。

綱吉擁立をめぐる幕僚たちの暗闘、水戸光圀と綱吉の確執、綱吉と朝廷の対立などが相俟って、2人を再開へと導くのですが、それは2人を捨て駒として利用しようという罠でもありました。敢えて窮地に向かおうとする蔵人がついに咲弥に送った和歌は、古今集の詠み人知らずの歌でした。

「春ごとに 花のさかりは ありなめど あひ見むことは いのちなりけり。本書は優れた時代小説でありながら、大人の純愛小説でもあったのです。著者も、蔵人と咲弥に愛着があるのでしょう。続編の花や散るらんでは、この2人を「忠臣蔵」の物語と関わらせていくことになります。

2016/11