りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

昨日がなければ明日もない(宮部みゆき)

f:id:wakiabc:20210622123024j:plain

児童書の編集者から企業の広報室勤務を経て私立探偵となった杉村三郎を主人公として、人々の意識の底に潜む悪意を暴き出すシリーズも、本書で5冊めになりました。本書には「結婚」をテーマとする中編が3作収録されています。数多くの作品を執筆し続けている著者ですが、現代を舞台とする小説はこのシリーズだけに絞っているようです。

 

絶対零度

依頼人は自殺未遂をしたという娘と連絡が取れなくなった母親でした。母娘関係は良好であったはずなのに、自殺未遂の原因は母親にあると言い張る婿は、入院中の娘との面会を認めてくれないというのです。調査を開始した杉村は、婿が入っていた体育会系サークルのメンバーの妻が、ほぼ同じ頃にマンションから転落死しているという事実を掴みます。2つの事件は関係しているのでしょうか。この作品のテーマは、体育会系独特の人間関係が持つ危うさです。日大アメフト部の悪質タックル事件をはじめとする体育会系のパワハラ事件を彷彿とさせますが、この作品はそれらの事件の前に書かれています。著者は、体育会系サークルに温存されている封建的な精神的風土の危険性にいち早く気付いていたのでしょう。

 

「華燭」

大家の友人からの依頼で、大家夫人とともに従姉の結婚披露宴に出席する中学生の付添として式場に出かけた杉村は、そこで奇妙な事件に遭遇します。突然現れた元カノが新郎を奪い去って、従姉の結婚が突然破談になってしまったのです。しかも同じホテルで同時刻に予定されていた別の結婚式では、新婦が行方不明となっていました。2つの事件には関係があるのでしょうか。これは、従姉の母親がかつて起こした事件のトラウマに苦しみ続けていることと関わっているのでしょうか。。

 

「昨日がなければ明日もない」

なんとも身勝手な依頼人がいたものです。離婚した夫に親権を渡した息子の交通事故の加害者から、殺人未遂の慰謝料を取り立てて欲しいというのです。しかもその母親は、これまで関わってきた人たちを全て不幸にしてきたトラブルメーカーだったのです。そんな母親の影響にさらされている娘の人生はまだやり直しがきくのでしょうが、常に姉に振り回されてきた妹は、不幸な過去を乗り越えられるのでしょうか。辛い過去を受け入れて前に進むには、とてつもなく強い精神力が必要なようですが、この事件は杉村にも影響を与えてしまいそうです。彼には、別れた妻が親権を持っている娘がいるのですから。

 

2021/7