りぼんの読書ノート

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鹿の王 水底の橋(上橋菜穂子)

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『鹿の王』の続編にあたります。黒狼熱大流行の危機が去った東乎瑠(ツォル)帝国では、次期皇帝争いが勃発していました。国教と一体化している東洋医学的な清心教医術が正統とみなされている帝国において、西洋医学的なオタワル医術の有効性が認められつつあるのですが、次期皇帝次第では弾圧が始まるかもしれないというのです。250年前に滅亡したオタワル王国の末裔で天才医術師であるホッサルもまた、様々な思惑が引き起こした事件の中に巻き込まれてしまいます。 

 

恋人ミラルとともに清心教医術の発祥の地・安房那領に招かれたホッサルは、清心教医術に秘められた驚くべき歴史を知らされます。部外者にすぎないホッサルに対して重大な秘密を明かした安房那侯の意図は、どこにあったのでしょう。彼はホッサルを娘の婿に迎えることでオタワル医術の保護を模索しているようなのですが、そんな時に次期皇帝候補の毒殺未遂事件が起こります。 

 

それは誰が何を目的として企んだものなのでしょう。その事件は、清心教医術界に存在する、発祥の起源を重視する古流と、原理主義的な新派との対立が引き起こしたもなのでしょうか。治療に関わったホッサルは、オタワル医術が弾圧される口実を提供してしまったのでしょうか。 

 

問題が医療の在り方や医術の優劣にすぎないのであれば、両者の共存も切磋琢磨も可能です、どちらも人命の不思議の前に頭を垂れ、人命の儚さの前に無力を感じながらも、微力を尽くそうとしている者たちなのですから。しかし政治や宗教や民族の問題が関わってきた時、手法の対立は諍いを生み、最も大切にすべき人名すら軽んじられるという本末転倒の事態すら起こるのです。現在のコロナ禍が人種差別や民族対立を生み、WHOが担うべき理念すら疑われる時代に生きている私たちは、その愚かさを十分にわかっているはずなのですが・・。 

 

2020/8