デビュー以来、実は科学が発展していた中近世時代というテーマで、とりわけ音楽・芸術分野の物語世界を描いてきた著者の第5作の舞台は13世紀のヨーロッパでした。かつて高度な科学文明を築いていた古代ローマ帝国は核戦争によって滅び去り、東方の文明も人造の巨人戦士たちの制御を失ったことで崩れ去った後の暗黒時代。信仰と科学の狭間に真実を求めるファビアンを主人公として描かれた連作は、壮大な叙事詩として仕上がっています。
「エクス・オペレ・オペラート」
異端カタリ派の拠点としてアルビジョワ十字軍に征服されたトゥールーズ。青年医師ファビアンの師であった科学者ベレンガリウスは、大天使の塔に聖ミカエルが降臨する日時を予言した罪で火刑に処せられてしまいます。それは放射能被害を巻き散らかして滅亡したローマ帝国が遺した衛星通信システムなのでしょうか。科学とは地上を破壊した悪魔の業なのでしょうか。放浪の科学者アルフォンスの問いかけに、ファビアンは立ちすくみます。タイトルの意味は「業は為す者による」です。
ペルシア砂漠のオアシス都市国家パルミラを訪問したアルフォンスは、美女たちに篭絡されてしまいます。そこは遺伝子操作によって女性しか生まれない都市であり、そこに迷い込んだ男たちは薬物によって記憶を消し去られ、廃人となるまで種馬として搾り取られていたのです。
「栄光はことごとく乙女シオンを去り」
ローマから派遣された枢機卿の従者としてファビアンは、今やヴェネテイアの傀儡国家となったコンスタンティノープルを訪れます。彼がそこで見たものは、古代からの叡智を隠し持つしたたかな古都の実態でした。第4回十字軍への降伏も、衰退した都市の姿も偽装にすぎなかったのです。ファビアンはそこで、東方から戻ってきた賢人マルコ・ポーロと出会います。
「太古の王、過去の王にして未来の王」
なんとここで登場するのはアーサー王伝説。アーサー王と妖姫マリガンは、巨人族によって破壊されたパルミラからイングランドにまで落ちのびてきた異母姉妹であり、彼女たちの父親はアルフォンスだというのです。しかしイングランドにも巨人は存在しており、どうやら彼らはクローンによって増殖しているようなのです。
「S.P.Q.R.」
コンスタンティノープルに滞在していたファビアンは公会議に出席するために、マルコ・ポーロとともにローマへと戻ります。しかし数年ぶりに見たローマは陽気さを失っており、ネット民が交わす会話のような匿名の中傷によって病んだ都市へと変貌していたのです。折しもヴェスビオ噴火で倒壊していたローマの大天使の塔の中に、ファビアンは何を見出したのでしょう。
「トランペットが美しく鳴り響くところ」
ファビアンは中央アジアの草原で、西進する巨人族を迎え撃つ軍勢を率いています。さまざまな宗教を信奉するさまざまな民族の兵士たちからなる軍には、アーサー王と妖姫マリガンらのイングランド勢や、東方から加わった少年軍師ファルも加わっていました。山の精霊として隠棲しているアルフォンスは巨人族のよってきたる所以やファルの正体を語りますが、自分に娘たちがいることは知らなかったのです。
「エピローグ」
老いたファビアンは、アヴィニョンの地で教皇の地位に就いていますが、いまだに答えを得ていません。さまざまな体験をしたファビアンにとってさえ、信仰と科学の問題は深淵なのです。そして文明社会と科学を捨てた社会の対比というのは、SFの永遠のテーマのひとつなのでしょう。
2021/6