りぼんの読書ノート

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天使も怪物も眠る夜(吉田篤弘)

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8作家の共演による「螺旋プロジェクト」の「未来篇」である本書を最後に読んだのは正解でした。紀元前30世紀の古代から22世紀前夜にかけての5000年に渡る「海族と山族の対立」に一応の決着がつくのです。

 

本書は伊坂幸太郎さんによる近未来篇『スピンモンスター』の直接の未来です。2071年に建設された東京を東西に隔てる壁は、劣化が進んでいたとはいえ2095年になってもまだ現存しています。しかも壁の出現によって暴徒化した者たちの戦場となった結果、壁の近辺はイバラが生い茂る「バラ線地帯」という「闇だまり」になっていたのです。東京が不眠の都となったのは、壁がもたらした曖昧な不安のせいなのでしょう。

 

そんなわけで睡眠ビジネスが興隆を誇っていた東京で、巨大睡眠コンサルタント会社に勤める耳の大きな青年シュウは、なぜが覚醒タブレットの開発を命じられてしまいます。制作されなかった映画「眠り姫の寝台」の予告編を見て、姫の青い瞳に惹かれてしまったことは、彼の任務と関係しているのでしょうか。やがて彼は天使のような眠り姫の存在を知り、彼女を目覚めさせるための冒険に出ることになるのです。その一方で、怪物がバラ線地帯で生まれ出ようとしていたのですが・・。

 

本書はグリム童話の「いばら姫」をモチーフにした物語です。シュウを導くのは、彼の上司であるフウ、私立探偵の姉ナツメ、眠りを誘うつまらない小説を書いて人気作家となったマユズミ、睡眠酒のレシピを入手したピアニストのホシナ、その裏返しである覚醒薬に用いる150年前の少年の息を提供してくれた浴場番台の春三と特別調査機関のゴヤ、彼を地下道に導く資料館館長の谷口。彼らは8人目の王子の成功を準備したともいえる、失敗した7人の王子のようです。もちろん姫が眠る塔が立つ場所は八王子(笑)。しかしこの物語には裏もありました。予測されていた望ましい結末のために、無駄かもしれない過程をすべて実現させることでシュウを誘導した存在とは何者であり、その目的は何だったのでしょう。

 

本書にはさまざまな作品とのリンクも仕込まれています。『ゴールデンスランバー』なる強烈な睡眠薬。150年前の少年の息を封じ込めた『コイコワレ』のラムネ。『ウナノハテノガタ』に由来するまじないの言葉。このシリーズとは直接の関係はないものの、海上で失われたはずの8万5千冊の面白い本が『白鯨』とともに日本に戻ってくるという嬉しいエピソードもありました。ともあれ、このシリーズもこれで完結。これまで知らなかった作家の作品にも触れる機会にもなりました。圧倒的に優れていたのは古代編『月人壮士』であり、著者の澤田瞳子さんは既知の作家だったのですが。

 

2021/6