りぼんの読書ノート

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令嬢クリスティナ(ミルチャ・エリアーデ)

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20世紀ルーマニア文学の巨匠と呼ばれる著者は、幻想小説作家として知られています。とはいえ1907年に生まれて1930年頃から文筆活動を始めた著者の初期作品は自伝的リアリズム小説であり、専門分野の宗教学・民俗学に基づいた幻想小説を著すのは、第2次大戦後にフランスへ亡命してからのこと。著者の最初の幻想小説である本書は、かなりホラーな色彩も帯びています。

 

1935年。ルーマニアの地方を訪れた青年画家エゴールと考古学者ナザリエは、村の貴族屋敷に滞在します。しかし屋敷の女主人であるモスク未亡人と2人の娘の様子が、次第におかしくなっていくのです。未亡人は時どき記憶を失い、エゴールが好意を寄せる姉娘サンダは体調を崩し、まだ9歳の少女に過ぎない妹娘シミナは年齢に見合わない妖艶さでエゴールを誘惑し始めます。そしてエゴールの夢の中には、寝室にかかる肖像画に描かれた若く美しい令嬢クリスティナの亡霊が登場するに至るのでした。

 

令嬢クリスティナとは、約30年前の大農民暴動に巻き込まれて消息を絶った、未亡人の姉のこと。農民たちの間では、サディスティックな性格の持ち主で、身の毛もよだつようなおぞましい死に方をしたと噂されているようなのですが、エゴールは亡霊の妄執の対象になってしまったのでしょうか。病床のサンダを気遣いながらも、昼は少女シミナから、夜は令嬢クリスティナの亡霊から妖艶な誘惑を受けるエゴールは、次第に正気を失っていき・・。

 

令嬢の亡霊には「ドラキュラ」のイメージもありますが、ルーマニアで詩聖と讃えられるミハイ・エミネスクの長詩が作中で引用されており、その詩に謳われた「不死の存在と人間との叶わぬ愛」をモチーフとしているとのこと。そう思うと令嬢クリスティナとは、噂されるような非道な悪女ではなく、現生に思いを残して早逝した普通の女性にすぎなかったのかもしれません。そして農民暴動の再来のようなラストの大火で貴族屋敷とともに滅び去ったのではなく、妄執から解放されて永遠の存在になったと信じたくなるのです。

 

2021/6