りぼんの読書ノート

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JR上野駅公園口(柳美里)

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1933年に福島県相馬郡で「天皇」と同じ日に生まれた男の生涯は、日本の影だったのかもしれません。結婚して1960年の「皇太子」と同じ日に息子を授かったものの、貧窮生活を支えるために1963年には東京への出稼ぎが始めなくてはなりませんでした。日雇いの土方としてオリンピックに始まる高度経済成長期を支え続けたものの、貯えなどできません。唯一の楽しみだった息子を失い、次いで妻を亡くした男は、全てを投げ打って上野公園でホームレスになるのです。

 

上野駅前の雑踏を過ぎゆく人々の会話が、男の過去の記憶を呼び起こすこともあるけれど、大半はホームレス仲間と無意味な時を過ごす毎日。しかし男はそこでも、天皇制の呪縛から離れられません。そもそも上野公園は関東大震災後に宮内省から東京市に恩賜されたものであり、上野の博物館や美術館などに天皇や皇族が訪れるたびに「山狩り」と呼ばれる特別清掃にあってしまいます。それぞれの地域共同体から切り離されたホームレスの人たちは、ここでも天皇の視界の外に追いやられてしまうのです。

 

それでもたまたま皇族を乗せた車が近づくと、公園から締め出された男もまた、沿道の人々と一緒に手を振ってしまうのです。男にとって、身体に染み付いた天皇制の呪縛から逃れる道は、ただひとつしかありません。そしてその時に、男の故郷は津波放射能に飲み込まれていくのでした・・。なんとも救いのない作品ですが、光からも陰からも目を背けてはいけないことを伝えてくれるのです。そしてこの本が、文学界のアカデミー賞ともいえる全米図書賞(翻訳文学部門)を2020年に受賞したことの意味を、考えてしまうのです。

 

2021/3