りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

クリック?クラック!(エドウィージ・ダンティカ)

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タイトルはグリム童話が始まる時に投げかけられる言葉です。語り手の「クリック?」との問いかけに聞き手が「クラック!」と答えることで昔話が始まるわけです。本書はハイチ生まれの若い著者による連作短編集。互いに似ていて、どこにいても、たとえ死んでも途切れることのない絆で結ばれた代々の女性たちが語る物語は、どれも同じ地下茎で繋がっているのです。

 

「海に眠る子どもたち」

クーデターが起こり小さな難民船で逃亡した青年とハイチに残った娘の、決して読まれない手紙のやりとり。悪い知らせを運んでくるという黒い蝶から娘は逃げ回りますが、その時には青年が乗った船が沈んでいたのです。

 

「1937年」

1937年に国境の川で起こったのは、ドミニカ兵によるハイチ人虐殺事件。その時に生き延びた母デフィールは、背中に羽を持つ魔女と噂されて獄死します。残された娘ジョゼフィーヌは思うのです。1937年に川の上を飛んだ母は、今回はなぜ飛ばなかったのだろうかと。

 

「火柱」

リリの夫は、工場主が趣味で取り寄せた熱気球を勝手に飛ばした末に転落死します。夫は成績優秀な息子に、どのように記憶に遺して欲しかったのでしょうか。別の物語の中で、息子がマイアミに出ていったことを苦にしてリリは自殺したという後日談が語られています。

 

「夜の女(ハイチにて)」

この世には2種類の女がいる。昼の女と夜の女。夫に逃げられてひとりで息子を育てている女は、どちらにもなれず中間で喘ぐしかありません。

 

「ローズ」

ジョセフィーヌの娘でリリに名付けられた女は、住み込みの家政婦として都会の屋敷で働いています。何度も流産した娘は、死んで捨てられた赤ん坊を埋葬することができません。やがて彼女は、魔女として通報されてしまうのですが。

 

「失われた合言葉ピース」

クーデターで殺害されたらしい女性ジャーナリストを探しにきたアメリカ人女性は、世話をしてくれた少女に言うのです。「少女は母を失った時に女になる」と。少女もまた母を亡くしていたのでした。

 

「永遠なる記憶」

フランスで学んだ女性画家キャサリンのモデルになった少女プリンセスは、自分も画家になろうと志します。自分が見た空と海が交わる光景を閉じ込めておきたいと。人の姿形だけでなく、心や性格までも描き出したいと。

 

「昼の女(ニューヨークにて)」

アメリカで生まれた娘は、ひとりでマンハッタンに出かけた母親を尾行して、今まで知らなかった母の一面を見るのです。母が今でもハイチを懐かしんでいることや、娘を何よりも愛していることを。「昼の女」は「夜の女」の姉妹であるように思えます。

 

「カロリンの結婚式」

アメリカへの帰化証明書を入手したグラシナは、この紙切れ1枚のために父が偽装結婚し、母が逮捕され、妹カロリンが不具にうまれついたことを思います。そして妹と誠実なバハマ青年エリックの結婚を巡って、母と娘の心は揺れ動くのです。亡くなった父の思い出や、祖母がハイチの秘密女性結社で交わしていたという不思議な問答のことを語り合いながら。彼女たちが行ったミサで司祭が追悼した難破船の犠牲者のエピソードは、第1話のことですね。

 

「エピローグ:ハイチの女たち」

「髪をとく鏡の中のあなたは、きっとあなたのお母さんによく似ているはず。あなたのお母さんも、そのまたお母さんも、ずっとそうだった」。そして彼女たちのささやきが聞こえ、文字となってあふれ出るのです。著者の力強い作家宣言ですね。

 

2021/3