りぼんの読書ノート

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展望塔のラプンツェル(宇佐美まこと)

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児童虐待による悲劇が連日のように報道されているという悲しい現実があります。本書はそんな重いテーマを扱って、「本の雑誌が選ぶ2019年度ベスト本第1位」に選出されています。

 

東京に隣接して開発が進む北部に対して、労働者や多国籍の人々が居住する歓楽街であった臨海地域を抱える町で、虐待された児童に寄り添う3人の人物が描かれます。児童相談所の職員として、日々の仕事に忙殺されながら冷静に職務を遂行する悠一。崩壊した過程で兄から性暴力を受けながら、彼女を慕ってくる被虐待児童に姉のように接するナギサ。不妊治療の結果が出ずに自分を見失いそうになり、隣家の児童虐待を通報する郁美。

 

彼らが関わることになる5歳児のケースは、典型的ながら奥が深い問題です。とりわけ虐待を受けた児童が、長じて親となった時に自分の子供を虐待するという再生産構造には、やりきれないものを感じます。そしてどんな両親であっても家族であるという厚い壁、そこに必ずと言っていいほどつきまとう貧困や暴力の問題もあるのです。本書の3人もそれぞれに絶体絶命的なピンチに追い込まれるのですが、著者は小さな奇跡を準備してくれました。

 

タイトルは、地域のランドマークである海辺の展望塔を、奇跡をもたらすグリム童話の塔と信じて救いを求めていた幼い日のナギサの空想からきています。「子供は自ずからたくましい生命力を内包している」と信じて、「そっと背中を押してやるだけで生きる術を見つけ出すことができるのではないか」と語る著者が生み出した「生きることを諦めない物語」です。

 

2020/11