りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

犬売ります(フアン・パブロ・ビジャロボス)

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メタフィクション風の奇妙な物語の語り手は78歳の老人テオ。美大生だったものの画家となる夢は叶わず、メキシコシティのタコス屋として生涯をおくり、老人ばかり12人が暮らしている古びたマンションで余生を過ごしています。残り少ない貯えと自分に残された年月を計算しながら、酒場でビールを飲むことが唯一の楽しみなのですが、彼の毎日は意外と色っぽい。マンションの玄関ホールで毎日のように文学作品の読書会を開いている72歳のフランチェスカと、近所の八百屋の女将で67歳のジュリエットに、密かな邪心を抱いたりもしているのです。

 

そんな彼が座右の銘としているのはドイツ人哲学者による大著『美の理論』であり、常に重い本を持ち歩くのが習性になっています。ある日その本が紛失したのですが、犯人はどうやらフランチェスカのよう。まあこれは、彼が彼女と口論した腹いせに読書会のテキストを隠してしまった報復なのですが、これらの重量級の書物が革命的犯罪者によって「武器」として使われたことから物語は混乱してきます。

 

一方で彼には動物虐待の容疑もかけられていました。犬を殺害してタコス屋に売り込んだというのですが、これも疑惑を招くような行動をとった彼の責任ですね。彼には、飼い犬が死んだ日に父親が家族を捨てて失踪し、その犬を母親がタコス屋に売ったらしいという過去があったのです。現在と過去を行き来しながら展開される物語において、彼が巻き込まれた事件と、老いらくの三角関係はどのような結末を迎えるのでしょう。

 

時折引用される『美の理論』は難解でいかめしいのですが、どうやら「芸術に責任や威厳を求めてはいけない」という思想で貫かれているようです。これが座右の銘なのですから、テオの悪ふざけが時折度を超えてしまうのも頷けます。なお著者によると、犬に関することは全て架空であり、一匹も殺された犬はいないそうですから、犬好きの方もご安心ください。

 

2020/11