ポルトガル文学といわれても、ほとんど馴染みがありません。中世から19世紀初めまで最も厳しい異端審問制度が続き、その後も1974年まで独裁政権が言論統制を強いていたことも影響があるのでしょうか。しかし本書を読んでみると、ポルトガル文学には隣国スペインとも旧植民地ブラジルなどとも異なる魅力があることに築かされます。副題の「よみがえるルーススの声」とあるのは、ポルトガルの古名ルジタニアに住む人々が、ローマの古神リーベルの子ルーススの子孫であるという伝説から来ています。
「少尉の災難(マリオ・デ・カルバーリョ)
ポルトガルがアンゴラなどに有していた植民地と繰り広げた独立戦争は、長く悲惨なものでした。帰国を待ち望んでいた少尉は、移動中に地雷を踏んで身動きできなくなってしまいます。しかし彼の災難は、支援にきたのが臆病者ながら残忍な大尉がやってきたことでした。
「ヨーロッパの幸せ(ヴァルテル・ウーゴ・マイン)
白人ばかりが住む小さな村に引っ越してきた黒人一家や、周囲からの嫌がらせを受けながらも、ヨーロッパ的なささやかな幸せを求めます。その象徴として、壊れたマイセン陶器を手に入れます。舞台はドイツのようです。
「ヴァルザー氏と森(ゴンサロ・M・タヴァレス)
人里離れた森の中に念願の一軒家を建てたヴァルザー氏ですが、手直しが必要という業者が次々とやってきて・・。コミカルな作品です。
「美容師(イネス・ペドローザ)
美容師が客の髪を切りながら自分の生い立ちや結婚生活を話していると思ったら、なんと犯罪告白になってしまいます。こでは供述なのでしょうか。
「図書室(ドゥルセ・マリア・カルドーゾ)」
余命三か月を宣告された凶悪な犯罪者が、15歳の時に覚えた読書の楽しみを語ります。読書は彼を自殺願望からは救ったものの、悪行からは救えませんでした。それでもしかしこれは彼の信仰告白なのでしょう。
「バビロンの川のほとりで(ジョルジュ・デ・セナ)」
16世紀に生きたポルトガル史上最大の詩人、ルイス・デ・カモインスの晩年を描いた作品です。帝国の衰亡によって年金も給付もされず貧窮の中で、老母の愚痴を聞きながら、彼は最後の詩作に取り組んでいるのです。
「植民地のあとに残ったもの(テレーザ・ヴェイガ)」
植民地から引き揚げた女性が、友人の弟で小人症の男性を関係を持ってしまいます。すると彼は成長をはじめるのです。ポルトガル版『ブリキの太鼓』といったところでしょうか。
「汝の隣人(テオリンダ・ジェルサン)」
マンションの掃除婦は、エレベーターに閉じ込められたマダムの悲鳴を聞きながらも、家路を急ぎます、結局のところ、彼らは彼女の隣人ではないのですから。
「犬の夢(ルイザ・コスタ・ゴメス)」
犬を飼いたいけれど、犬を飼うことに伴う問題を考えると二の足を踏んでしまう女性。結局彼女は衝動的に仔犬を買ってしまったのですが・・。
「定理(エルベルト・エルデル)
残酷王ペドロが、愛人を暗殺した男を処刑する情景が詳細に綴られます。これは永遠に繰り返される見世物なのでしょうか。
「川辺の寡婦(ジョゼ・ルイス・ペイショット)
川辺で青年とキスをした少女が、母親に閉じ込められてしまいます。そして40年後に母親が死んだ後も・・。
「東京は地球より遠く(リカルド・アドルフォ)」
日本人女性と結婚して東京で暮らすポルトガル人男性が、日本のサラリー男たちの習性に戸惑い続けます。コミカルな作品ですが、本当にこんな風に見られているのでしょうか。
2020/6