りぼんの読書ノート

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事件の核心(グレアム・グリーン)

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新潮クレストブックス」や「白水社エクスリブリス」に続いて「ハヤカワepi文庫」を読み切ろうと思ってから、グレアム・グリーンの作品に触れる機会が増えました。

本書の舞台は、第2次世界大戦中の西アフリカにあるイギリスの植民地。明確に書かれてはいませんが、シェラレオネです。荒廃した社会環境の中で、多くの者たちが極貧にあえぎ、誰もが相手を欺きながら生きています。ドイツ軍のUボートによる無差別攻撃も、植民地社会の閉塞感を増していました。

敬虔なカトリックであり、蓄財も出世もせずに日々の勤務を務めている警察副所長のスコービーが本書の主人公。どのような勢力にも組せず人々を公平に扱おうとすることが、かえって悪評を招いてしまっているようです。気まぐれな詩人である妻ルイーズのことはもはや愛してはいませんが、そのこと自体に苦しんでもいます。

現地の生活を嫌って南アフリカに移住したいとの彼女の希望を叶えるために、悪党ながらスコービーに好意を抱いているシリア商人のユーゼフから金を借りたことが、彼を苦境に陥れまていきす。それに加えて、妻の不在の間に難破船から救助された若い未亡人ヘレンと浮気をしてしまい、公私ともに疲れ果てたスコービーは、重大な決断をするに至るのですが・・。

紹介文には「恋愛小説の最高傑作」とありますが、そうではありませんね。スコービーは妻ルイーズにも、浮気相手のヘレンにも誠を尽くそうとして、深みに堕ちていくだけなのですから。むしろ本書は、信仰のあり方を問い正している作品なのでしょう。他者に憐憫の情を抱いて行動したことが、神との関係を否定していくような不条理な結果を招きます。ついにはミサで嘘の告白をするに至ったことが、彼を最も苦しめてしまうのです。

では何が「事件の核心」だったのでしょう。訳者の小田島雄志氏は後書きの中で「本書に一度だけ登場する『憐憫(pity)』のことではなかろうか」と記していますが、全く同感です。このレビューの中で無意識に、前の段落で「憐憫」という言葉を使ってしまったほどですので。

2019/2