りぼんの読書ノート

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美しき愚かものたちのタブロー(原田マハ)

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1959年に設立された国立西洋美術館は、戦時中フランスに没収された「松方コレクション」が日本に寄贈返還される際の条件として建設されたものです。2019年に書かれた本書は、著者による「美術館設立60周年へのはなむけ」であるとのこと。美術館の誕生に関わった4人の男性を描いた群像劇となっています。 

 

ひとりめはもちろん、戦前に私財を投げうってコレクションを築いた松方幸次郎。明治の元勲・松方正義の三男として生まれ、川崎造船所社長として辣腕を振るった幸次郎は、第一次大戦中の欧州で見た戦意高揚ポスターに感銘を受けたことがきっかけでコレクターとなりました。日本に西洋絵画の美術館を創る構想まで抱いていましたが、川崎造船所の経営破綻によって計画は頓挫。コレクションは日本に持ち込まれることなく、戦時中にフランスに没収されてしまったのです。 

 

ふたりめは、戦後日本の政治を率いた吉田茂。フランスに没収されたコレクションを日本に寄贈すると約束させた交渉なくしては、美術館は誕生しませんでした。しかも敗戦国日本の主権を回復させた講和会議の際に、この交渉も行ったというのですから、外交の天才としか言いようがありません。 

 

3人めは、戦前には幸次郎のアドバイザーとして、戦後には返還交渉にあたった美術史家の田代雄一。実在したのは矢代幸雄という人物なのですが、フィクションを交えたことで名を変えて登場させたのでしょう。フランスに留め置かれることになっていたルノワールとモネを返還させたのは彼の功績ですね。残念ながら田代がルノワール作品と一緒に幸次郎に薦めて購入させた「ゴッホの寝室」は拒絶され、今でもオルセーに展示されています。 

 

そして4人めが、幸次郎に託されて戦時下のフランスでコレクションを守り抜いた日置釭三郎。フランス人の妻を娶っていたものの敵国人であり、さらにナチスドイツによる押収を逃れるために、コレクションを極秘裏に疎開させていた苦労は想像を絶します。しかもそれは幸次郎とは音信不通になり、生活に困窮しながらのことだったのです。 

 

今まで何度も西洋美術館を訪れており、その際には必ず松方コレクションの展示も鑑賞しています。本書の登場人物の方々にお世話になっている人たちの末端ではありますが、私から感謝の意を表させていただきたく存じます。 

 

2020/3