りぼんの読書ノート

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アンジュと頭獅王(吉田修一)

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中世に成立した説経節「さんせう太夫」は、童話「安寿と厨子王丸」や森鷗外山椒大夫』として広まっていますが、著者は何故、今この時代に現代訳を試みたのでしょう。でもタイトルの姉弟の漢字がちょっと違いますね。本書では時空を超えて安寿と厨子王が冒険を繰り広げるのです。 

 

冒頭から終盤近くまでは、おそらくオリジナルと異なっていないのでしょう。冤罪を被ってた太宰府に流された奥州岩城の判官正氏の14歳の娘と12歳の息子が、帝に直訴するために母や乳母と連れだって京に向かいます。しかし越後・直江で人買いの山岡太夫に騙され、親子は別々に売り飛ばされてしまうのでした。泣き暮れて盲目になった母は佐渡の鳥追いに、丹後・由良の港を仕切る山椒太夫に買われた姉と弟は汐汲みと柴刈りに身を落とします。 

 

しかし逃亡した頭獅王を皮籠に隠して救った聖は、すべての神に誓って言うのです。「何百年かかろうと、きっとそなたの願いを叶えてあげると約束しましょう」と。そして本当に800年の時を超えて、現代の新宿にたどり着くのでした。そして光源氏の末裔という大長者に養子として取り立てられ、姉と母の救出に向かいます。 

 

著者は「時代を超えて本当に大切なものとは何か」と考えた末に、人間の残酷さと慈悲心がきちんと描かれている「山椒太夫」に行き着いたとのこと。大切なのは、誰かのために生きることなのでしょう。頭獅王を背負った聖が、京の七條朱雀の権現堂から内藤新宿の御苑まで、時代を超えながら東海道を下っていく七五調の描写が見事です。姉弟が勇壮なライオンにまたがる表紙もいいですね。 

 

2020/3