りぼんの読書ノート

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ホープは突然現れる(クレア・ノース)

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マリー・ローランサンの詩に「死んだ女よりもっと哀れなのは、忘れられた女です」とありますが、本書の主人公ホープは、誰からも記憶されないという特異体質。顔が覚えてもらえないだけでなく、彼女と過ごした時間や会話の内容までもが忘れ去られてしまうのです。両親からも存在を忘れられたホープのことを記憶してくれる唯一の存在は、病で脳を損傷した妹のグレイスだけ。
 

 

そんなホープは、特技を生かして泥棒を生業としています。なにしろ本人がつけている宝石を堂々と奪い取っても、数分間姿を隠していれば忘れられてしまうのですから、これは天職ですね。しかしカメラや録音装置などの機械類は忘れてくれないので、これは要注意。もっとも彼女の特異さは、本人と写真を交互に見比べられても同定できない域に達しています。 

 

そんなホープが、完璧な人生の提供を謳うアプリ「パーフェクション」を展開するプロメテウス社が主催するパーティをぶち壊したために、執拗に追われるハメに陥ってしまいます。このアプリ、究極的には脳手術を受けさせて「没個性的な完璧人間」に仕立て上げるというヤバイものなのです。プロメテウス社の目論見を壊滅させようとする謎の人物バイロン接触したホープは、その技術を用いて「普通に記憶される人間」に変身させて欲しいと願うのですが・・。 

 

世界から忘れられることは、世界からはじき出されてしまうこと。決して自分は世界の一部にはなれないのです。このような哲学的テーマを、主人公や周辺人物の造形と、テーマに見合った展開で見事に描いて見せた若い著者の力量には凄みを感じます。何度も人生を再開できる特異者の物語『ハリー・オーガスト、15回目の人生』や、触れた相手に乗り移って長い年月を生き延びている特異者の物語接触も快作です。 

 

2019/9