りぼんの読書ノート

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ギヴァー 記憶を注ぐ者(ロイス・ローリー)

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いかなる不便も、争いやもめごとも、飢餓も貧困もない世界。その代償として全てが管理され、職業選択も居住場所も、配偶者の選択も家族構成も自由には決められず、嘘をつく自由すらない世界。肌の色による差別が起きることのないよう色を見る能力は奪われ、「解放」と呼ばれる死期すら自分では決められない世界。こんな超管理世界がディストピアであることは間違いありません。ではこのコミュニティは、どうして作られたのでしょうか。 

 

その成立の秘密を知る者は、コミュニティの中にたったひとりだけ。数世代にひとり生まれる「記憶の器」と呼ばれる能力を持った人物だけ。記憶の器に選ばれし者は、先代が持っている記憶をすべて受け継ぐことに人生を捧げる「レシーバー」となるのです。そして、やがて選ばれる後継者に自分の記憶をすべて注ぎ込む「ギヴァー」となって人生を終えるのです。 

 

指導者たちによって職業が決められる12歳の日に、思いがけなくレシーヴァーに選ばれた少年ジョナスは、過去の歴史を学び始めます。それは貧困や飢餓や戦争や崩壊というネガティブな外見に満たされた、苦痛の歴史でした。ジョナスは疑問を持ち始めます。たった一人の人間に記憶の業苦を押し付けて、感情も持たすに暮らしているコミュニティこそが異常であり、過去の記憶とは皆で共有すべきものなのだと。ジョナスは故郷を脱出し、世界を「より完全な姿」に戻すための旅に出るのですが・・。 

 

徹底した管理社会こそが人類存続のための最後の手段であるという発想は、オーウェル以来繰り返し登場するテーマであり、最近ではヒュー・ハウイーのSF『サイロ三部作』などもその一種でしょう。本書においては特定の個人や勢力が権力を維持するための管理ではなく、あくまでも善意から生まれた管理であるようなのですが、それでも無理はあるのです。人間が人間として生きようとする限りにおいて。 

 

2020/9