りぼんの読書ノート

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象の消滅(村上春樹)

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ニューヨーカーに選ばれて日本に再上陸した、村上春樹さんの初期短編集。私としては「長編」のほうがずっと好きですが、「短編」にはエッセンスが詰まってます。でも17編も詰まっていると、全ての作品に触れるのは不可能ですね。

彼の小説には「僕」が登場して、不思議な女性や訳のわからない事柄に振り回されて「やれやれ」とため息をつくパターンが多いのですが、『眠り』と題された一編だけは、睡眠を失った女性が主人公。「僕」を振り回す女性たちも、不思議な出来事に困惑しているのです。

村上春樹さんにとっては、「何かが失われること」が、かえって「別の何かに到達する」ための大切なきっかけのようです。ネコは失踪し、納屋は焼かれ、言葉は失われ、象は消滅し、記憶は消え去り、眠りはなくなり、女性は去っていく・・・。

でも、そういった、さまざまな喪失が持っている意味よりも、村上春樹さんの文章に現れる比喩の表現がいいですね。正確な文章ではないけれど、いくつか引用しておきしょう。

「文脈とはぐったりとした子猫を積み重ねるようなもので、生暖かくて不安定で、きちんとした形に整えられない」(午後の最後の芝生)

「ボートから、透明な海水を通して見下ろす海底火山のように、存在はくっきりと見えるけれど、距離感はつかめない」(パン屋再襲撃

こういう表現には、グッときちゃうのです。

2006/8