りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

誰もいないホテルで(ペーター・シュタム)

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スイス人作家による10編の物語からは、「人生の一瞬を切り取る鋭さ」よりも、堀江敏幸氏の言うところの「凡庸さの連続を豊饒な生の厚みに変える」作風を感じます。湖と丘陵の土地とともに暮らす、スイスの人々の人生感が反映されているようにも思えます。

「誰もいないホテルで」
山奥の奇妙なホテルを訪れた主人公は、何のサービスも提供しない奇妙な管理人の女性に惹かれてホテルに留まり続けます。後に意外な真実が明かされますが、彼女の正体は謎のままです。

「自然の成りゆき」
休暇で借りた貸別荘に対する妻の不満は、まるで人生そのものへの不満のよう。隣の子供連れの一家に起きた不幸な事件が、倦怠期の夫婦の悩みを解消させたのだとしたら、皮肉なものです。

「森にて」
少女時代に森で夜を過ごしていた女性が、結婚して母になっても、現実世界に違和感を持ち続けます。間違って人間界に降臨してしまったディアナのような感覚なのでしょうか。

「主の食卓」
次々に打ち出した新機軸が信徒から受け入れられず、孤立してしまった新任司祭は、貪欲なカモメたちを前にして奇跡を見たのでしょうか。それとも精神を病んでしまったのでしょうか。

「眠り聖人の祝日」
孤独な野菜農家の若者が、隣の草地で開催されたロック・フェスで、女の子と出会います。若者の初々しいぎこちなさが、いいですね。

「スウィート・ドリームズ」
村上春樹恋しくてに「甘い夢を」というタイトルで収録されていました。その時にはこんな纏めを書きました。「新婚の2人の生活は、幸福と不安が入り混じっているものなのです。終盤に導入される中年作家の視点が、2人の幸福の儚さを暗示するのですが、そんな不安に負けてはいけません!」

「コニー・アイランド」
わずか3ページの短編です。岩場にいる男が1本のタバコを吸い終わるまでの数分間、浜辺を眺めている場面の描写は、著者が世界を眺める視点なのかもしれません。

他に、カナダ移住を目前にして妻を失い奇矯な行動をとる男の「氷の月」、コンサート・ピアニストを目指しながら挫折した女性ピアノ教師の「最後のロマン派」、突然の妻の入院に茫然として旅に出てしまった男の「スーツケース」が収録されています。

2016/12