りぼんの読書ノート

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1809ナポレオン暗殺(佐藤亜紀)

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皇帝即位(1804)からモスクワ遠征(1812)までがナポレオンの絶頂期。といっても、イギリスとは対峙し続け、ロシア本土はまだ無傷。スペインではゲリラ戦に悩まされ、解体されたはずのオーストリアでも軍の蠢動は続いていて、戦いが休まるときはありません。

そんな中の1809年、ナポレオンは2度目のウィーン攻略を果たして入城・・という歴史背景は、本書を読む前の前提です。例によって、佐藤さんは何にも解説してくれないのですから。

フランス軍工兵のパスキ大尉は、ウストリツキ侯爵と出会います。トスカナ生まれでフランス語で育ったハンガリー貴族という侯爵は、ハプスブルグ帝国の分裂性を体現したような不思議な性格。侯爵に見込まれ、侯爵の愛人(弟の妻)に魅かれたパスキは、次第に墺仏の共謀する陰謀に巻き込まれていきます。

歴史に「もし」はないのですが、もし、この時点でナポレオンが暗殺されたら何が起きたのでしょう。フランスの狙いは、欧州最強国として君臨し続けること。そのためには侵略を中止して、各国と有利な条件で和解し、圧倒的な軍を有したまま自国に戻るべき。つまりナポレオンは不要なのです。

侯爵の狙いは、ずばりハプスブルグ帝国の崩壊。フランスに負けたままで休戦となった中東欧では、諸民族の独立運動が広まり、メッテルニヒ1人でもたせているような帝国は自然消滅するだろうと読んでいます。

結果は歴史が証明している通り。暗殺は失敗し、ナポレオン軍は1812年冬のモスクワで崩壊。既に傾いていたハプスブルグ帝国は、あと100年の余生を手に入れました。

作者が侯爵に語らせた「アウステルリッツの戦い」の様子は、トルストイが『戦争と平和』で、スタンダールが『パルムの僧院』で描いた戦争の叙述にも匹敵する美しさです。

2005/8