りぼんの読書ノート

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ボリバル侯爵(レオ・ペルッツ)

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著者は、19世紀末にプラハで生まれて18歳でオーストリアに移住、ナチス・ドイツによるオーストリア併合後はパレスティナへの亡命を余儀なくされたユダヤ系作家です。20世紀初頭の幻想歴史作家として知られていますが、今読んでも面白い作品が多いのは、奇想のみではなく物語の構成がしっかりしているからなのでしょう。

本書の舞台は1812年のスペイン。ラ・ビスバル市を占領したナポレオン軍が、民衆から偶像的崇拝を受けている謎の人物・ボリバル侯爵の力を借りたゲリラ軍によって、一夜のうちに壊滅させられてしまった経緯が語られていきます。

ところが、反攻の口火を切る3つの合図を定めたボリバル侯爵は、物語の冒頭で殺害されてしまうのです。それも、上司である大佐の妻を寝取ったという将校たちの与太話を偶然聞いてしまったという、あまりにも馬鹿馬鹿しい理由で。変装の名人であった侯爵が、騎兵の騾馬曳きの男になりすましていたことが、完全に裏目に出てしまったのです。では、侯爵が定めた合図は、どのようにしてゲリラ軍に伝えられたのでしょうか。

酔った将校たちは処刑する男の正体を知らないまま、「お前がしなきゃならんことは、俺達が変わりにやってやる」と神に誓ってしまったのです。これをきっかけとして、「本人たちも知らないまま、予言が実現されてしまう」というギリシャ悲劇のような物語が展開されていくのですが、そこまで書いてしまうと、完全にネタバレですね。後に本書の内容を語ることになる男が、ひとりだけ生き残った理由が、あまりにも意表を衝いたものであったことだけは記しておきましょう。

ところで本書に登場するナポレオン軍はフランス軍ではなく、既にナポレオンの支配下にあったドイツの小公国の連合軍です。他の作品と同様、本書もまた中欧の物語なのでした。著者の文章に潜む魔術的な幻想性は、やはり中欧という地域にこそふさわしいのです。

2016/9