りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

台湾漫遊鉄道のふたり(楊双子)

昭和13年、林芙美子を思わせる作家・青山千鶴子は日本統治下の台湾に講演旅行に招かれて、通訳の王千鶴と運命の出会いを果たします。千鶴は少女のような外見にもかかわらず、現地の食文化や歴史に通じ、料理の腕まで天才的な女性でした。通訳・秘書・ガイド・料理人を兼ねる千鶴に案内されて、千鶴子は台湾縦貫鉄道に乗りこんで台湾各地の味に魅了されていきます。

 

台北から高雄にかけて瓜子、米篩目、滷肉飯、冬瓜茶、菜尾湯、愛玉湯、蜜豆氷など、濃厚な台湾グルメを平らげながら一緒の時を過ごすうちに、千鶴子は千鶴に惹かれていきます。これは女性同士の友情なのでしょうか。それとも恋愛感情に近いものなのでしょうか。しかし、いつまで心の奥を見せない千鶴に対して、千鶴子の焦燥感は募っていきます。果たして2人の旅はどこに行き着くのでしょう。

 

著者は本書を「美食x鉄道旅x百合」小説と呼んでいますが、綿密な歴史資料考察と、深い内容を含んでいます。2人の関係には、当時の日台植民地関係、貧富の差、女性差別が影を落としているのです。「日本帝国の南進政策は支持しない」と言いながら、時に独りよがりで上から目線になりがちな千鶴子と、植民地の現地エリート女性として抑圧と葛藤を体験してきた千鶴の関係は、残念なことにハッピーエンドとはなりません。「自分の見たいものだけを見たいように見る」千鶴子と、「隠されたものが見えてしまう」千鶴の立場は、あまりにも遠いのです。

 

しかし著者は、2人の関係を「愛で乗り越えることは不可能だった」と言いながら、「愛で乗り越えることが困難であればあるほど、逆に愛に近いものだと思っている」と語っています。後に2人の娘たちが協力して出版したとされる、青山千鶴子著「台湾漫遊録」の中国語版の後書きまで含めて、壮大な虚構を楽しめる作品でした。ただし本書の背後には、相手は日本から中国へと変わったものの、依然としてくすぶり続ける台湾独立問題があることを忘れてはいけません。

 

2024/4

播磨国妖綺譚 伊佐々王の記(上田早夕里)

15世紀半ば、足利時代播磨国を舞台として、平安時代陰陽師蘆屋道満の末裔である2人の青年を主人公とする呪術ファンタジーの第2弾。怪異が見える僧形の弟・呂秀と、見る才はないものの強力な術師である薬師の兄・律秀のコンビはバランスが取れていますね。安倍晴明をはじめとする平安京陰陽師と異なり、地方の庶民のために働く法師陰陽師には、祈祷と漢薬が必需品だったのです。

 

兄弟がシリーズ第2弾で対峙する相手は、かつて人間たちに討伐されて滝壺へと姿を変えていた巨鹿の伊佐々王でした。人間への恨みを募らせて強力な呪力を身に着けた巨鹿の怪は、呂秀に式神として仕える「あきつ鬼」や、土地神である瑞雲とも互角の力を有しているようです。そして伊佐々王を蘇らせた、人間界の全てを呪って死んだガモウダイゴなるはぐれ陰陽師の怨霊は、あきつ鬼をも操ろうとしているようなのです。

 

この物語は本巻のみでは完結していません。どうやらガモウダイゴは、播磨の守護・赤松満祐が足利幕府の6代将軍・義教を殺害した「嘉吉の乱」と関わっているようですが、伊佐々王やあきつ鬼を使って何をしようとしているのでしょう。蘆屋道満に仕えてる前の記憶を失っているあきつ鬼の正体は、何なのでしょう。さらに、幕間に登場して蝶から舞を学んだ猿楽師の竹葉は、陰陽師たちの物語とどのように関わってくるのでしょう。

 

もともとSF作家である著者は、呂秀が見る「怪」の世界と、律秀が説く「理の世界」をバランスよく描いていますね。物語の展開もスムーズで、説明も過不足なく、人物描写もしっかりしています。初期のバイオSF作品などではSF的発想が前面に出ていたのですが、本当に上手になっています。このシリーズは、著者の代表作になるのかもしれません。

 

2024/4

クレイジー・リッチ・アジアンズ(ケビン・クワン)

貧しい中国系移民の娘ながら、ニューヨーク大学の経済学教授となった29才のレイチェル・チューは、シンガポール出身の同僚ニック・ヤングと恋愛中。彼が幼馴染の親友コリン・クーの結婚式で付添人を務めることになって、一緒にシンガポールで楽しい夏休みを過ごすことにしたのです。ニックは家族の前でレイチェルにプロポーズする決意を固めていたのですが、彼には秘密があったのです。それは彼の一族が清朝とも繋がる名家であり、世界有数の大富豪だということ。

 

ある階級に属する人びとにとって「結婚したい男性ナンバーワン」のニックが、中国系とはいえアメリカ人の娘を連れて里帰りするとのニュースはたちまちのうちに広まりました。ニックの母や親族からは目当ての女と思われ、元カノや社交界のセレブ女子からは嫉妬まみれの攻撃を受けたレイチェルは、真相を知ってビビリまくります。それでもニックの固い決意と変わらぬ優しさになだめられ、身分を越えた2人の愛は成就するかと思われたのですが・・。

 

「神様よりも裕福」と言われるクレイジー・リッチな華僑たちの生活は、平民の想像をはるかに超えています。アジア各国の王族や元王族との交友関係、世界中に保有する高級不動産、値段もつかない東西の美術品蒐集や自家用ジェット、さらには国家政策にまで影響力を有するというのですから。ちなみにニックの親友コリンの結婚式費用は4千万ドルとのと。シンガポールは階級社会ではないはずなのですが、匿名性とプライバシーを重視している名家は人知れず存在してるようです。やはり新興成金とは一線を画しているのです。

 

しかし名家意識と莫大な富が必ずしも幸福をもたらさないことは、ニックの親族たちが証明してくれています。従妹のアストリッドは堅実な夫から離婚を持ち出されているし、年ごろの息子や娘たちには「本当に金目当ての」男女が群がってくるし、中には勘違い野郎のバカ息子だっているのです。そんな中で、庶民的なヒロインは、次々にに襲い掛かってくる手ごわい敵や難題に対応できるのでしょうか。

 

舞台がシンガポールということもあって、クィーン・アストリッドやブキ・ティマやケイアン・ヒルズなどの高級住宅地、ラッフルズやグッド・ウッド・パークなどの名門ホテル、さらに上流階級であっても「食事を国技とする」シンガポーリアンなので庶民的でも美味しい食事など、懐かしい地名や料理が数多く登場する作品でした。ちなみに著者もシンガポールの富裕層出身だそうです。

 

2024/4

宮尾本平家物語 4(宮尾登美子)

いよいよ平家の栄枯盛衰を綴った長い物語も終わろうとしています。安徳天皇を連れて都落ちした後の平家は四国屋島に内裏を建て、

備中水島で木曽義仲軍に大勝。播磨室山でも源行家軍を破って京へ帰還する勢いを見せますが、それも源義経が登場するまでのことでした。源頼朝の命で上洛した範頼・義経軍は、後白河法皇を幽閉して朝敵となった義仲を宇治川合戦で葬り、勢いのままに平家追討の指令を下されます。一の谷と屋島義経に敗れて再び海上に逃れた平家が、壇ノ浦の戦いで滅亡したのは1185年のことでした。

 

壇ノ浦で起こった数々の悲劇は、圧倒的なクライマックスです。それまでの間、平家側では清盛の弟である平頼盛の離脱、清盛の孫にあたる清経の入水、清盛の5男・重衡の捕縛、清盛の嫡孫・維盛の離脱と入水などの動きがあり、源氏側では源義経の郷姫との結婚や静御前との関係、義仲の嫡男・義高の追討などの動きがありますが、いずれも些細なエピソード。平家滅亡後に源義経がたどった滅びへの道筋も余談でしかありません。

 

その一方で、著者が採用した荒唐無稽に思われる「安徳天皇身代わり説」は、「平家物語」を締めくくるエピローグと直接関係していきます。建礼門院徳子をはじめとして、戦乱の世を生き延びた清盛の娘たちが再会する場面でその意味は明らかになります。著者は平清盛と徳子の血筋を後世に遺したかったのですね。平家ゆかりの女性として一門の行く末を見届けた治部卿局・明子や大納言佐局・輔子の墓は、建礼門院に最後まで仕えたを阿波内侍の墓と共に、大原寂光院の裏手にひっそりとたたずんでいます。

 

2024/4

宮尾本平家物語 3(宮尾登美子)

福原遷都の失敗、源頼朝木曽義仲の挙兵、さらに平清盛病死と、栄華を誇った平家一門の没落が始まります。まずは年表を記しておきましょう。

1180年6月 福原遷都

1180年8月 文覚から平家追討の院宣を受けた源頼朝が伊豆で挙兵

1180年10月 富士川合戦で平家軍敗走

1180年11月 京へ都返り

1180年12月 後白川法王が院政再開、平重衡による南都炎上

1181年2月 平清盛死去

1181年6月 木曽義仲挙兵、横田河原の戦いで勝利

1183年5月 木曽義仲が俱利伽羅峠の戦いで大勝利、平家軍7万騎の兵を失う

1183年7月 平家一門の都落ち、源氏軍の入洛

 

わずか3年の間に天下の情勢は一変してしまいました。清盛亡き後の平家一門の結束の乱れもさることながら、「奢る平家」に対する怨嗟の声が世間に満ちていたのでしょう。各地で燎原の火のように起こった源氏軍の蜂起は、地方豪族たちの援兵をたちどころに集めていくのです。その一方で、これまでないがしろにしていた後白河法王の反平家感情も計算違いだったようです。源義経という軍事的天才の出現などもちろん想定外。

 

平家が生き残る可能性があったとすれば、1181年8月に後白河法皇を経由して密かに伝えられた源頼朝からの和睦申し入れを受諾することだったでしょうか。しかし新たな平家総帥となった清盛の3男・平宗盛は、一顧だにせず和睦を拒否。もうひとつの失敗は、都落ちの際に後白河法皇を同行できなかったこと。京に残った法王による平家追討の院宣によって、朝敵とされてしまった影響も無視できません。

 

夫・清盛を失くしたばかりの二位尼・時子は、この非常事態にあって悲しみにひたる間もありません。軍事のことなどわかるはずもありませんが、平家一門の結束を維持するために表に裏に動き回らざるを得ないのです。本書では「源頼朝の首を墓前に供えよ」との清盛の遺言は、時子による偽造とされています。実娘である故高倉天皇中宮・徳子を後白河法王に差し出そうとしたことも含めて、真相は歴史の闇に沈んでいます。老いていく時子を支える4男・知盛の妻・明子(治部卿局)は守貞親王後高倉院)の乳母であり、平家滅亡後に建礼門院後高倉院の最期に侍って平家の終わりを見届ける女性です。

 

2024/4

宮尾本平家物語 2(宮尾登美子)

保元・平治の戦いに相次いで勝利をおさめた平清盛は、武士として栄華の絶頂を極めていきます。乱の直後には正三位の参議に、数年後には従一位太政大臣に叙せられるのです。その一方で、妻・時子の妹で後白川上皇の女御となっていた建春門院・滋子が男児を出産。後の高倉天皇です。重盛、宗盛らの息子たちをはじめとする平氏一門も重用され、滋子の兄でお調子者の平時忠が「平家にあらずんば人にあらず」と言ったというのがこの頃のこと。

 

この後も幼い高倉天皇中宮に娘・徳子を据えるなど、清盛の権勢はとどまるところを知らないようですが、著者は「清盛生涯での心身の最盛期」は、一門総出で厳島神社にて結縁供養を営んだ「平家納経」の頃ではなかったかと綴っています。数年後に清盛は病を得て出家。そして高位を独占する平家の横暴ぶりに不満を募らせる源氏や貴族勢は、打倒平氏の準備を着々と進めていたのです。いわゆる「鹿谷の謀議」ですね。公然と打倒平家を謳って挙兵した以仁王源頼政らの乱は宇治川で殲滅したものの、あちことに綻びが見え始めています。後白河法皇の裏切りに業を煮やした清盛は、ついに院政を停止して法皇を鳥羽殿に幽閉。徳子が産んだ幼い安徳天皇を連れて福原遷都を強行するに至るのです。

 

著者の「平家物語」が「宮尾本」たる由縁は、かなりの部分が女性視点からの物語であるからなのでしょう。その中心にいるのは、清盛の妻・時子です。皇室や摂関家との姻戚関係を強化して平家一門を興隆させた、時子の功績は大きいのですが、それだけではありません。異母姉妹である建春門院・滋子が産んだ高倉天皇に、実娘の徳子を入内させるまでの心の動き、徳子が無事に安徳天皇を出産した際の安堵、清盛があちこちに産ませた義理の娘たちへの微妙な思い、頼りになった長男・重盛を病で失った悲しみなども、細やかに綴られているのです。続巻以降で綴られていく夫・清盛の死や平家一門の没落は、時子に何を思わせるのでしょう。諸行無常がテーマである「平家物語」のハイライトは、ここからなのです。

 

2024/4

宮尾本平家物語 1(宮尾登美子)

大河ドラマ紫式部を主人公に据えた「光る君へ」が放送される2024年は「源氏物語」の年になるのではないかと思われます。フィクションである「源氏物語」の現代語訳や翻案した作品を著した女性作家が多い一方で、「平家物語」は少々影が薄い。待賢門院、美福門院、祇園女御池禅尼祇王と祇女、仏御前、横笛、小宰相、巴御前静御前二位尼時子、建礼門院と、有名な女性たちも数多く登場するものの、物語の本筋に関わる女性は多くありません。やはり軍記物語であるからなのでしょう。登場人物たちの心情描写が少ないことも影響していそうです。

 

これまで「女たちの物語」を綴ってきた著者は、「平家物語」を著わすに際して「人物を描き切る」ことに注力したとのこと。主人公である平清盛の心情は、本人のみならず、前妻の結井や後妻の時子の視点からも語られます。とりわけこれまで名前のなかった「高階基章の娘」を結井と名付けて「可愛い女性」として描いたことは、物語の序盤から読者の心を惹きつけました。結井が退場した後は、著者が「一番好き」と語った時子の視点が「女たちのドラマ」の中心になっていきます。原作である「覚一本」とは一線を画していることの自覚が、「宮尾本」と名付けた由縁なのでしょう。

 

第1巻では清盛の幼少時代から、保元・平治の乱を経て栄華の絶頂を極めるまでが綴られます。本書では白河院の御落胤とされる清盛の出生の秘密、実母・鶴羽の姉とも言われる祇園女御への憧憬、義父・忠盛との親子の絆、継母・宗子との微妙な関係、垣間見た待賢門院に対する幼い恋心、「かいらし子」結井との恋、人間的に優れている時子への信頼、父となって後の息子たちへの思い・・。そして清盛の成長とともに時代も激しく動いていきます。忠盛の実子であった家盛が早逝した後、名実ともに平家一門の棟梁となった清盛は、平安貴族の時代を終わらせることになる保元・平治の乱で決定的な役割を果たして権力の座を掴んでいくのです。

 

2024/4