りぼんの読書ノート

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春雷(葉室麟)

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蜩ノ記』と『潮鳴り』に続く「羽根藩シリーズ第3弾」ですが、各作品の間に深い関係性はなく、それぞれ独立した作品です。強いて共通点を挙げるなら、いずれも敗者復活をテーマとする再生の物語である点でしょうか。身分や地位が固定された江戸社会においては、それは各段に困難なことなのですが。

 

財政的に困窮した羽根藩で、藩主の寵愛を受けて苛烈な改革を断行している新参の多聞隼人は、「鬼隼人」と呼ばれています。上司や同僚からは専横と批判され、農民からは怨嗟の的となっているのです。しかし彼はなぜ、そこまでして「忠義」を尽くしているのでしょうか。

 

そんな中、過去に何度も失敗している黒菱沼の干拓を命じられた隼人は、それぞれ悪名高い、大庄屋の「人食い」七右衛門と、学者の「大蛇」臥雲を招集して、難工事に着手。いずれも強い信念をもって事に当たる者たちなのですが、これは不人気に油を注ぐようなもの。城中での反隼人派の策謀も、手段を選ばない次元にまでエスカレートしていくのです。

 

隼人は「悪人とはおのれで何ひとつなさず、ひとの悪しきを謗り、自らを正しいとする者」と語っています。つまり、自らを善と決めつける傲慢さこそが悪なのでしょう。世間一般の「正義」に対決する者として、「壮絶な過去」を背負った人物を登場させたのは、安きに流れる現代社会に対する著者の警鐘であると思えてきます。

 

2019/7