りぼんの読書ノート

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エリザベスの友達(村田喜代子)

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認知症に罹った老人たちが終の棲家とする「ひかりの里」を舞台にして、超高齢化社会となった日本が直面する深刻な現実を描いた小説ですが、読後感は爽やかです。それは物語のテーマが「帰ること」であるからなのでしょう。

 

現実世界から遊離して、記憶の中に籠った老女たちの心は、どこに帰っているのでしょう。幼女を抱いて天津から脱出した97歳の天野初音の心は、不思議な自由空間であった天津租界の思い出に浸っています。国内では敵性語とされた洗礼名で呼び合っていたヤンママたちとのつきあい。そのハイライトは、清朝最後の皇帝・溥儀ことヘンリーと妻・婉容ことエリザベスとの出会いだったようです。時代的には初音が彼らと出会うことはありえず、先輩から聞いた伝聞にしかすぎないはずですが、もちろんそれは問題ではありません。

 

農村で兄弟同然に育った動物たちを軍に供出した88歳の土倉牛枝は、軍馬や軍犬や軍鳩に謝り続けます。戦時中に郵便配達婦をして6男2女を育てあげた95歳の宇美乙女は、巨大な軍神となって家や畑や国までも守り続けています。虚実入り混じった過去は、記憶の混濁というよりも、その人が大切に心の奥に秘めてきた「想い」なのです。願わくはそれが、安らかに最後の日々を過ごすにふさわしい、楽しい記憶であらんことを希みたいものです。

 

初音さんの娘の「もう齢をとった人間は今まで永くこの世で働いた恩典で、いつの時代のどこにでも、好きな所にいていいのだと思えてくる」との言葉が強く印象に残りました。

 

2019/7