りぼんの読書ノート

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リンカーンとさまよえる霊魂たち(ジョージ・ソーンダーズ)

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1862年7月、リンカーンは11歳の息子ウィリーを病気で亡くしました。前年に開始された南北戦争の遂行中であったにもかかわらず、息子の遺体が安置された納骨所で長い時間をすごしたほどの精神的打撃を受けたと伝えられています。

著者は、その事実から本書の物語を作り上げました。当時のリンカーンの様子を伝える記録、日誌、手紙などからの引用文を多用した作品ですが、主な語り手は俗世に残した未練が大きいあまりに現世に留まっていた霊魂たちです。彼らは皆それぞれに、未練がシンボル化された奇怪な容貌をしているのですが、ただひとつ共通している点は、自分の死を認めていないこと。

そんな中に突然現れたのがウィリーの霊魂でした。彼もまた両親や兄弟を愛するあまりに次の段階に進めずにいたのですが、そこは子供の霊が長くいてはいけない場所。かつてそこに留まった少女は、魔力を持つ悪の力に覆われてしまい、醜い姿となって身動きできなくなってしまっているのです。霊魂たちは自分の運命を嘆くのを中断して、ウィリーの霊を送り出すべく協力しあうのですが、そこにリンカーンがやってきます。

しかし墓所で起こった変化はそれだけではありません。南北戦争の激戦によって、これまでなかったほどの大勢の霊魂が一斉に送り込まれてきたのです。我が子を喪い慟哭する大統領は、自らが指揮する戦争がもたらしている死者と家族の悲嘆の深さに愕然としながら、どのような決断を下すのでしょう。そして父親の心情を知ったウィーリーの魂は、迷える霊魂たちにどのような影響を与えるのでしょう。

歴代アメリカ大統領の指針となるリンカーンの決断は重いのですが、著者はそれに価値を認めているわけではなさそうです。無垢な魂のみがなしえる死者の救済は、死者を作り出す行為よりも勝っているのです。時にコミカルで時にグロテスクな描写もある作品ですが、まさか最後に感動するとは思いませんでした。

2018/12