りぼんの読書ノート

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おじいさんに聞いた話(トーン・テレヘン)

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2016年にベストセラーとなったハリネズミの願いは「人間は登場させず、誰も死なない」という著者が自ら課した規則に忠実な寓話的な物語でしたが、本書は真逆です。著者が「おじいさんから聞いた話」として綴った39編の短編は、亡命者の悲哀に溢れているのです。

冒頭の「ハバロフスクとオーストフォールネ行きの列車」は、亡命先のオランダを列車で旅しながらも、不穏な想像に苛まれる祖父の幻想に引き込まれていく「孫息子=著者」を、冷静な母親が落ち着かせる物語。しかしこれは予兆にすぎません。祖父の語る痛ましくも滑稽なロシアの物語に、孫息子も読者も引き込まれていってしまいます。

ロシア語にあるという11もの「罪」を示す言葉。泣きながらロシアを食い尽くしてしまう絶望という名の熊。珍しい病気で死んだ人だけが入れる特別な墓地。ロシア中の犬を集めて戦場に送りこんだ皇帝。恩寵を得たはずなのに不幸になって家族もろとも無残な死を遂げる下僕。音楽が鳴りやむと爆発してしまう巧妙な細工を詰め込んだ木馬。ネズミをゾウに帰る手品が皇帝に気に入られて二度と故郷に帰してもらえなかった手品師。「神は悲しみだ」と告げて回る男・・。

本書に登場する皇帝も魔女も軍人も修道士も農民も、罪や病気や狂気や飢餓や恐怖にさいまなれています。「ハッピーエンドのお話はないの?」と尋ねる孫に、「これはロシアのお話だからね」と祖父は答えます。しかし悲哀に満ちた物語であるのに、全編から漂ってくるのは慈しみの気持ちにほかなりません。本書には、亡命者であった祖父に対する鎮魂の思いが詰まっているからなのでしょう。

2018/2