りぼんの読書ノート

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氷山の南(池澤夏樹)

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「スケールの大きな21世紀の冒険小説」との触れ込みでしたが、期待外れでした。少年が大人になるための「通過儀礼」のために、無駄に大げさな舞台装置を設定したように思えます。

2016年、ニュージーランドの大学を卒業したばかりの18歳のジン・カイザワは、南極海の氷山曳航を計画するシンディバード号にオーストラリアから密航。すぐに発見されたもののあっさり乗船を許されたジンは、厨房助手と船内新聞発行の仕事を得て働き始めます。

パン焼き技術を身につける一方で、船内新聞に掲載するためのインタビューを通して氷山を曳航する意味や、世界各国から乗り組んだ研究者たちの人生や関心を聞き取り、ジンはグローバリズムの中にける個人の問題、さらには人間と自然の関係について考え始めるんですね。

人類の経済活動を氷のように冷却することを目的とし、氷を神聖なものとして信仰してこのプロジェクトに反対する「アイシスト」の存在や、ジンが乗船直前に知り合ったアボリジニの青年画家の生き方も、グローバリズムに対する重要なアンチテーゼとして登場してきます。

アイヌ民族の血をひくジンがこれらの思想にも惹かれるのは、もっともなことです。その意味では、著者の人物設定は見事なのです。年上の女性生物学者アイリーンとのロマンスもありますしね。^^

しかし、「冒険小説」としてはもちろんのこと、「通過儀礼小説」としても物足りなさを感じるのは、ジンが未熟ながらも大人でありすぎて、最後まで読者の想像を裏切らないからのように思えます。

2012/6