りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

韃靼の馬(辻原登)

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日経新聞に連載されていた時から気になっていた小説です。

江戸時代中期、幕府と朝鮮国の外交を仲介して対朝貿易で立国を図っていた対馬藩の窮地を救うため、将軍吉宗に伝説の汗血馬を献上する使命を帯びてモンゴルの平原に乗り込んでいったのは、かつて対馬藩から朝鮮へと逐電した若き武士でした。

前半は、主人公の青年・阿比留克人が逐電するまでの事情が描かれます。釜山の倭館に勤務していた克人は、情報収集のため朝鮮側工作員接触を続ける中でおのずと二重スパイ的な存在になってゆきます。朝鮮通信使とともに来日した克人は、秘密を知った通信使軍官司令を殺害して日本を脱出。

文章や儀礼の中で相手より上位にあると示すことに全身全霊を傾けて融通の利かない儒教国家というものは大変ですね。幕府侍講の新井白石と、朝鮮側の科挙進士の間に挟まれる対馬藩に国書偽造を犯した過去があることも頷けます。国の体面を傷つけて死罪を賜ることまであるというのですから。

数年後の後半は一転して、朝鮮人・金次東として生きる克人の冒険物語になります。かつての通信使軍官司令の息子で克人を仇と狙う青年との遭遇や、匪賊に拉致されたハーンの娘たちの救出劇などが、朝鮮、中国、モンゴルを舞台に繰り広げられます。

著者は「小説が生き生きとしていた18~19世紀のロマンに戻って、面白い小説を書きたい」と思いながら、新聞に連載していたとのこと。朝鮮人として生きる決意をした克人が、妹の利根や元許嫁の小百合と再会したものの無言のまま立ち去るというエピローグまで、面白く読ませていただきました。

余談ながら対馬藩が財政的窮地に陥った背景には、石見をはじめとする日本の銀山の産出量減少があったようです。一時は世界の1/3の銀を算出していたという日本は、絹や人参を輸入して銀で支払うという資源輸出国だったんですね。

2012/1