りぼんの読書ノート

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象牙色の賢者(佐藤賢一)

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佐藤賢一さんによる「アレクサンドル・デュマ三代史」シリーズの最終巻です。デュマ家の歴史は、フランスで食い詰めた貴族がハイチで黒人奴隷に産ませた私生児であるトマ・アレクサンドルに遡ります。父親の姓を継ぐことを許されず、姓を持たなかった母の呼び名であった「農家の」にあたる「du mas」を名乗り、フランス革命軍の将軍にまで上り詰めたもののナポレオンに敵対して不遇な晩年をすごした祖父。(『黒い悪魔』

その息子が、『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』を著わして時代の寵児となった大デュマ。彼は父の血を引く共和主義者で、文豪の地位に留まることなく、七月革命の軍に参加したり、ガリバルディのイタリア統一運動を支援したりもしています。(褐色の文豪)浪費家かつ浮気家でもあり、息子の小デュマも相当苦労させられたようですね。

さて本書の主人公の小デュマですが、「象牙色の」とあるように、黒人の祖母の血も相当に薄まったようで、祖父や父の持っていた破天荒さも薄れた人格者だったそうです。そんな彼が一世一代の恋愛をしたのが、20歳で出合った高級娼婦マリー・デュプレシ。彼女はやがて病死するのですが、彼女との思い出が代表作『椿姫』に昇華されたんですね。

レジオン・ドヌール勲章も得てアカデミー・フランセーズ入りも果たした小デュマは、当時の文学界・演劇界でもてはやされフランス文化の象徴的な存在になるのですが、デビュー作だった『椿姫』以外の作品は歴史の評価には耐えなかったのでしょうか。しっとりとした私小説風の作風だったというのですが・・。

本書では、経済的には何不自由なく育てられたものの、やはり私生児としての出自に悩み、師でもライバルでもあり、家庭的には破天荒な家長でもあった偉大な父親に対しての愛憎半ばする思いが独白で綴られるのですが、先代・先々代と比較すると地味な生涯をおくった方ですから、どうしても盛り上がりには欠けてしまいます。もちろん、人生の大成功者なのですが。

彼には娘しか生まれなかったために、デュマ家の名前は三代で絶えてしまいます。主人公が晩年、曽祖父にあたるヴィ・ドゥ・ラ・パイユトリ公爵の故地であるノルマンジーに隠棲するのは、デュマの名が消えゆくに際しての感傷であった・・というのは、あながち著者の創作だけではないのかもしれません。

2010/4