りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

汐のなごり(北重人)

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藤沢周平さんの「海坂藩」の舞台は郷里の鶴岡のようですが、本書で描かれる「水潟」は鶴岡からも程近い酒田のことのようです。やはり作者の郷里なんですね。

奥州屈指の湊町として栄えた商都・酒田のことですから、本書に登場するのは商人たち。北前船が着く北の湊を舞台に、遊女や、廻船問屋、古手問屋、米相場を張る相場師などの運命に翻弄されながらも、強く、しなやかに生き抜く人々の物語が綴られた短編集です。

海上神火」
30年越しの遊女の恋が、ようやく叶おうとしています。遊女の純情さと色っぽさが、年齢と人生経験とで、ほどよくミックスされた感じがいいですね。

「木漏れ日の雪」
家業からも家事からも引退した商家の奥方の心残りは、男児にみな早世されてしまったこと。ただひとり遺された孫の男児を気遣う、心の揺れが共感を呼びます。

「海羽山」
天命の飢饉で津軽から逃れきて酒田で商人になった男性が、隠居を前にして、飢饉のときに離ればなれになった兄と再会を果たします。ずっと謎だった父と母の最期の様子が明らかになるエンディングは秀逸。「海羽山」は「鳥海山」のこと。

「歳月の船」
本書の中で唯一の、武士を主人公とした作品。敵討ちのために藩を出奔し30年後に絵師として帰って来た男が聞いたのは、仇として探していた男は既に死んでいたという話でした・・。

「賽土の神」
「塞道(さいど)」というのは男性を形取った道祖神のこと。いい年をして色狂いとなった娘に正気を取り戻させようとする老いた母は、かつて亡き夫がのぼせあがった女性の許を訪ねます。運命の不思議さも感じさせる作品。

「合百の藤次」
庄内の米相場を操ってアコギな利益をむさぼろうとする男に挑んだのは、彼と因縁があった者たちでした。大阪の堂島と連動する、米の先物相場を張る緊張感と神経戦、情報戦の様子がリアルでしたね。

6話とも、中高年の主人公が長い間抱えこんできた秘密が解きあかされていくとの側面を持った物語でした。「歳月の重み」を味わえる作品です。

2008/11